命令だよ、交代です。
「翼、今度の土曜はあなたたちだけで練習してくれる?」
リビングで雑誌を読んでいた翼に声をかければ、「別にいいけど」という答えが返ってくる。こういうとき物分りのよい部長を持つと便利ね。
「何、選抜の仕事?」
「ええ。塚地中と南原中、それに高縄中の試合があるの」
「玲のお眼鏡に適う選手がいるといいけどね」
「あら。翼こそ、せめて地区予選の決勝にくらい残ってもらわないと推薦は出来ないわよ?」
「それこそ愚問だね。僕を蹴落として選抜入り出来るような奴がいるなら会ってみたいよ」
・・・・・・実力があるからいいけれど、どうしてこんなにふてぶてしい子に育ってしまったのかしら。
まぁそのおかげで私も安心して任せられるからいいけれど。
この子がいつか壁にぶつかる日が少し不安で、だけど楽しみね。
梅雨の中休みなのか、空は快晴。バイクを走らせて三つ目の会場に向かうと、試合は後半が始まって10分が経過していた。
スコアは1対0で高縄中がリード。あぁ、やっぱりもうちょっと早く来れば良かったわ。高縄中はどうやって得点したのかしら。
二年生MF、背番号10番の杉原多紀君が絡んでいたなら是非見たかった。今日は彼を見に来たんだもの。
「あの、ちょっといいかしら」
近くにいたセーラー服の女の子に話しかけてみる。あら、白が基調のセーラーなのね。可愛いわ。
「高縄中の一点は、どうやって入ったのか教えてもらえる?」
誰がアシストして、誰がシュートした。それだけ聞ければ良い方だろうと思ってたのだけど。
「城山中8番のパスを高縄中3番インターセプトして、10番にパス。右から左へサイドチェンジして、パスを受けた9番がファールされてペナルティキック。それを10番がゴール右上隅に決めました」
「決定的なシーンは他にもあった?」
「枠を捉えたシュート数は、城山中が2本、高縄中が5本です」
あら、思ってたより少ないわね。予想では高縄中がもっと押してるかと思ってたんだけど。
杉原多紀君、もしかして期待外れかしら。
そんなことを考えていたら、質問に答えてくれた女の子が小走りで高縄中ベンチへと走っていく。
と思ったら今度は審判員のいるベンチの方へ。あら・・・? あららららら?
そうしている間にも、フィールドでは杉原君が、相手ディフェンダーの強烈な当たりを器用に交わしてパスを出している。
この子は自分のフィジカルの弱さを知っているのね。知っていて対処法を身につけている。小柄なプレイヤーとしてはすごく前向きだわ。翼ほどタフでもなさそうだから、代わりにパスの精度を磨いている。
フォワードのシュートはキーパーに弾かれてしまったけど、杉原君のパスはやっぱり良いわ。選抜されるレベルに充分到達してる。もっとプレーを見せてほしい。
・・・・・・と思ってたのに。
「選手交代! 高縄中、10番に代わり16番!」
杉原君は、後半が半分以上残ってるのに交代してしまった。体力が無いのは判るけど、スコアはまだ一点差だし早すぎるんじゃないかしら。
だけど杉原君は素直にピッチを後にして、代わりに16番の選手が入っていく。その彼の隣で何かを話し続け、背中を押して送り出したのは、監督ではなくさっきの女の子。
杉原君はベンチに座り、どこかぼんやりとしてる。戻ってきた女の子はその額にアイスノンを押し当て、手にはドリンクとタオルを握らせた。・・・・・・あぁ、体調が悪かったのね。あまりにポーカーフェイスで判らなかったわ。
あの女の子、よく判ったわねぇ。顔立ちも似てるし、もしかして兄妹なのかしら。
だとしたら要チェックね、高縄中の杉原兄妹。
結局試合は高縄中が1対0で勝ち抜き、地区予選決勝への進出を決めた。
うん、これで選抜される条件はクリアーね。どうせだからあの女の子にも声をかけてみようかしら。
補佐も欲しかったし、ちょうどいいかもしれないわ。
タッキーは郭の試合に触発されて練習しすぎた結果、風邪気味になりましたとさ。
2006年5月6日