郭君なんか大嫌い!
「多紀ちゃん、あのね」
部活が終わっての帰り道、わたしは隣を歩く多紀ちゃんに話しかける。
振り向いた多紀ちゃんは、笑顔で「何?」って聞き返してくれる。今日も部活お疲れさま。
「多紀ちゃん、あのね。本屋さんに寄ってもいい?」
「サッカークリニック?」
「うん、今日発売なの」
「いいよ。僕もほしい本あるし」
「天下がとれるマル秘テク?」
「ハードカバーだからね。あるといいなぁ」
「多紀ちゃんならとれるよ」
「郭からね」
「水野竜也君からも」
「がいてくれるなら、僕はとるよ」
多紀ちゃんはそう言いながら、わたしの手をきゅっと握った。
うん、わたしも多紀ちゃんが望んでくれるならいくらでもお手伝いするよ。ずっとずっと傍にいるよ。
空はもうほとんど藍色に染まってて、西の空で金星がきらきら光ってる。
「今度の休み、どこか遊びに行こうか」
多紀ちゃんの言葉の意味が、手の平から伝わってくる。
「夏大、始まるね」
「マネージャーの予想は?」
「リーグ戦は問題ないよ。トーナメント戦も、今分析してる限りでは勝てると思う。もちろん」
「「油断は禁物だけれど」」
声を合わせて、一緒に笑った。
わたしたちの高縄中は、二年前までは予選リーグは勝ちぬけても、トーナメントで二回戦負けをしてしまうような学校だった。
そこに多紀ちゃんが入部して、わたしがマネージャーとして参加して、顧問の先生が一生懸命サッカーを勉強してくれて、先輩たちも頑張って練習してくれて。
去年はトーナメントの決勝で敗れて都大会本戦には進めなかったけど、今年は違うよ。高縄中サッカー部はものすごく強くなったもの。
「本格的に忙しくなる前に」
「情報収集もかねて?」
「それはダメ。は試合に釘付けになっちゃうから」
「多紀ちゃんこそプレーに釘付けになっちゃうじゃない」
「だから純粋に遊びに行こう」
「公園でごろごろする?」
「遊園地とかでもいいよ?」
「多紀ちゃんと一緒ならどこでもいいよ」
「じゃあ水族館にしよう。品川の」
商店街の中にある本屋さんに入って、目当ての雑誌を買う。多紀ちゃんはちょっと迷ってた。高いもんね、ハードカバーって。
結局は買わなくて、わたしだけがレジでお金を払って、また手を繋いで歩き出す。
空はもう全部藍色に染まった。星は、ちょっとだけ見える。
「お弁当作って」
「晴れるといいね」
「電車に乗って」
「お菓子も作って」
「ロッサの練習場、ビデオは禁止だったっけ」
あ、多紀ちゃんが黙っちゃった。笑顔がちょっと固まって、種類が変わる。
「郭君、出るの?」
「・・・・・・うん、相手はジュビロユースだって」
「関係者以外の観戦は?」
「平気だよ、確認とってあるから」
「最初から言ってくれればよかったのに」
「・・・・・・うん、ごめんね」
「デート、嬉しかったのに」
そう言って、多紀ちゃんからぷいっと顔を背けた。
多紀ちゃんはずっと郭君を気にしてる。同じトップ下だし、ロッサのときに負けてたから仕方ないかもしれないけど。
せっかく多紀ちゃんとのんびり出来ると思ったのに。久しぶりだったのに。
「多紀ちゃんなんか嫌い」
「ごめん。やっぱり遊園地にしよう」
「でも郭君の方がもっと嫌い」
「、ごめんね」
「多紀ちゃんのバカ」
手を放そうとしたけど、多紀ちゃんが力を強めたから離れない。何だか悔しくてどんどん歩く足を早くした。
その間も多紀ちゃんはずっと謝ってる。バカ。バカ多紀ちゃん。
「多紀ちゃんなんか嫌い」
悲しい顔したってもう知らない。
郭君のバカ。こうなったら徹底的に分析して、すぐに攻略しちゃうんだから。
そうしたらわたしの部屋にある郭君のデータなんて全部燃やしちゃうんだから!
何を考えているのか、すぐに分かるよ。
2006年5月5日