手塚国光が学校を休学して九州へ行った。
それを部活の後輩に聞いて、思い切り溜息を吐いてしまった。
(ちなみに何故知っていたのかは問わない。その後輩の前世は忍者だと彼は信じている)
何で言わねぇんだ、と考えて。
でもきっと、それがアイツの意地だろうからと納得する。
だけど頼ってもらいたいと思うのは、相手のことが大切だから。
とりあえず今日の部活は欠席することに決めた。
そして三上亮は今、青春学園中等部の前に立っている。
青春学園中等部生徒会(真打ち編)
ホームルーム終了の鐘が鳴り、校内がざわつき始めたのを校門にいても感じる。
他校とはいえ同じような時間割を組んでいるはずなのに、何故三上が今ここにいることが出来るのか。
それはひとえに、サッカー部の部長で、なおかつ武蔵森学園中等部男子部の生徒会長を務めている、彼の親友のおかげだった。
いつもは部活を休むことをよく思わない彼が、今日はすんなりと送り出すだけではなく協力さえもしてくれて。
それだけアイツも心配してるんだろうな、などと考えて三上は微かに溜息をつく。
人気者の妹を持つと辛い、なんて思うと同時に、さすが俺の妹だ、とも思ったりして。
昇降口から現れ始めた下校する生徒の中に、自らの片割れを見つけようと目を凝らした。
都内では青学と同じくらい伝統校として名が知れている武蔵森。
その制服を着た三上は、彼の造作が整っていることもあり、下校途中の生徒の視線を釘付けにしていた。
聡い者の中には気づいた人もいるかもしれない。
黒髪で少しだけタレ目の、独特の色気を纏っている彼が、誰かととても似ているということに。
幼い頃から視線にさらされることに慣れている三上は、今も今とて気にせずに昇降口を見つめていて。
そのクールな横顔が、不意に何かを見つけて口元を綻ばせた。
彼にしては珍しい、穏やかで、優しい笑み。
寮生活を送っているから、滅多に会うことの出来ない双子の妹。
昇降口から出てきた彼女は、左右に三人の男子生徒を連れていた。
小さいの、中くらいの、そして大きいの。
侍らしてんな、と三上は思わず苦笑して、そして当然だと思う。
校門に背を預け、まだこちらには気づかない妹を眺める。
・・・・・・笑っている。
安堵の溜息を漏らした後、三上は唇をかすかに開いた。
きっとすぐ隣にいても聞こえないだろう小さな声で、けれど深い愛しさを込めて。
「・・・・・・」
絶対に聞こえないはずの囁きなのに、それでもやっぱり振り向くから、自分たちは確かに繋がっているのだ。
黒目がちの瞳を大きく瞬いて、そしてとても嬉しそうに笑う妹。
三上も珍しく、皮肉のない素顔で微笑んだ。
「亮!」
生徒の合間を縫って駆けてくるに、三上は片手を上げて応える。
勢いのまま胸に飛び込んできた妹に苦笑しつつも、その柔らかな身体を抱きしめて。
「久しぶりだな、」
「久しぶり! どうしたの、突然」
「近くまで来た・・・っつーのは嘘で、顔が見たくなったから」
腕の中でが微笑む。
その頬を片手で撫でて、元気そうな様子に三上は内心で胸を撫で下ろした。
「私も亮に会いたかった」
愛らしくそう言ったに頷くよりも先に、甲高くて黄色い悲鳴が走った。
何事かと思って見渡せば、周囲では下校途中だった生徒たちがみんながみんな固まっている。
の存在を青学で知らない者はいなく、そのが今、校門に現れた他校の男子生徒と抱き合って何やら甘い会話を交わしているのだ。
・・・・・・まぁ、叫ばれても仕方ねぇな。
三上が内心でそう考えたのが伝わったのか、も彼を見上げて小さく苦笑した。
そしてほんの少しだけ放れて、硬直中のギャラリーの一部を手招きする。
ぎこちなく手足を動かして近づいてくる彼らは、先ほどが昇降口から出てきたときに一緒だった男子生徒たちで。
彼らに、ひいてはこの場にいる全員に聞かせるように、は紹介した。
「こちらは、亮。武蔵森三年で私の双子の兄なの」
何だか二度目の衝撃が走ったような気がしなくもないけれども。
とりあえず、青学前の奇妙な氷の世界は無事に溶かれたのだった。
どうにかこうにか再び時の流れ始めた校門から少し離れ、は先ほどよりも小さな声で紹介し直す。
「私の双子の兄の、三上亮。武蔵森サッカー部の寮に入ってるから滅多に会えないんだけど」
だから今日は会えて嬉しい、と頬を染めるに、兄である三上も含めた面々は見惚れずにはいられない。
けれど男子生徒のうちの、一番小さな少年が首を傾げた。
「・・・・・・あれ、でも名字」
「越前」
後ろからポンっと頭を軽く叩いて、柔らかな笑顔を浮かべている少年が止める。
越前と呼ばれた少年自身、失言に気がついたのか大きな目の強さをわずかに緩めた。
けれど当の本人であると三上は、構わないというように軽く笑って。
「うちの両親ね、離婚してるの。だから母方に引き取られた私は『』なのよね」
「で、父方の俺が『三上』。だけどその母親も三年前に死んだから、今はも三上の家に戻ってきてるんだよ」
「亮は将来サッカー選手になるっていうし、私は経営が好きだから三上を継ごうと思って」
「バカ。まだなれるかなんて判んねぇだろ」
「私は亮を応援してるだけよ。夢が何であれ関係なし」
柔らかく微笑むは、滅多に見せない『素顔』のオンパレードだ。
小さい少年と中くらいの少年はそれに見蕩れてしまい、大きな少年は黙々とノートに何かを書きつけている。
三上が照れたように目線を逸らすと、小さな少年も同じように頬を染めて俯いて。
「・・・・・・先輩、可愛すぎ・・・」
呟かれた言葉に三上は苦笑し、けれどは変わらずに微笑み続けた。
「亮、ありがとう」
少年三人と別れた後の帰り道。
まるで恋人のように指を絡ませて手を繋ぎ、と三上は歩いていた。
美男美女である彼らは二卵性でどことなく似ていることもあり、周囲の目を相変わらず集めている。
けれどそれを一切気にしていないところも相変わらずだった。
「・・・・・・何だよ、突然」
少しばかり拗ねたような表情を浮かべる兄に、判ってるくせに、とは笑って。
「手塚が九州に行ったって、誰から聞いたの? 笠井君?」
「・・・・・・アイツは忍者だからな」
「うん。だから来てくれたんだよね? 私が、寂しがってないか」
握る手に、想いを込めて。
「手塚がいなくて大変な思いをしていないか、見に来てくれたんだよね」
伏せた瞳に、ほんのりと色が浮かんで。
涼やかな声がほんの少しだけ震えて。
温かな熱が、繋いだ手の平越しに伝わる。
「・・・・・・嬉しい。ありがとう、亮」
顔を上げて微笑んだは泣き笑いの顔になっていて。
愛しくて、誰にも見せたくなくて、見られるのを嫌うだろうと思ったから。
人通りの多い道にも構わず、三上はそっと細い肩に手を回し、を優しく抱き寄せた。
ブレザーの裾をぎゅっと握ってくる妹に、優しく囁く。
「・・・・・・無理なんかすんなよ」
愛を、込めて。
「俺とおまえは繋がってるんだから、が辛いときは俺だって辛いんだよ」
だから頼れ、バカ。
兄の言葉に、は胸に顔を埋めたまま頷いた。
手塚という大切な存在が、今は近くにいないけれど。
でもそれでも、こんなにも自分を想ってくれている人がいる。
喜びが溢れて、堪え切れなくて。
「・・・・・・大好き、お兄ちゃん」
何よりも眩しい笑顔でそう言って、頬に掠める程度のキスを贈った。
2004年7月2日