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ダダダダダダダダダ・・・・・・・・・
廊下に響く足音が段々と近づいてくるのを感じて、少女は笑みを漏らした。
もうすぐこの部屋のドアを勢いよく開けて入ってくるだろう人物を思い浮かべて。
「廊下は走るの禁止なんじゃなかったけ? 生徒会長さん」





青春学園中等部生徒会(会長誕生日編)





バンッとドアが勢いよく開いた。
現れたのは予想通り息を切らせたこの部屋の主で。
少女はそんな彼をクスクスと笑いながらも中へ引き入れた。
「ハイ、そこの椅子に座って。学ラン脱いで、眼鏡外して」
「な、久川・・・!?」
「いいからさっさと机に伏して。絶対に動かないでよ?」
戸惑う彼をさっさと椅子に座らせて、ワイシャツの上から学ランをかけた。
大きな足音が近づいてくるのを聞きながらニッコリと笑って。
「大変ね、人気者の生徒会長さんは」
手塚の頭を力いっぱい机に押し付けた。



コンコン
控えめなノックに少女が立ち上がってドアを開ける。
そこには学年問わず10人前後の女生徒達。
派手な子もいれば大人しそうな子までいて、選り取りみどりね、なんて考えたりして。
智洋は柔らかく笑みを浮かべた。
「何か?」
穏やかな声音と綺麗な微笑に同性と分かっていても少女たちの顔が赤くなる。
「あ、あ、あのっ! 手塚先輩いらっしゃいますか!?」
先輩ということは二年生、あるいは一年生か。
顔を真っ赤にして問いかける少女が可愛らしく、智洋はさらに笑みを深めて。
けれど済まなそうに眉を下げる。
「・・・ゴメンね。手塚、今寝ちゃってるみたいなの」
チラッと部屋の中を見ながら答え、少女たちにもそっと覗くように促す。
恐る恐る顔を向ければ、そこには机にうつ伏せになっている手塚国光がいて。
思いがけない無防備な姿に少女たちは一瞬驚いて、そして緩やかに息をつく。
「部活と生徒会の両方で引継ぎをしなくちゃいけないから、忙しいみたいで。疲れてるのかな」
小声で言うと少女たちは小さく頷いた。
「・・・・・・あの、久川先輩」
呼ばれた名前に智洋が振り返って微笑む。
やはり真っ赤になりながらも持っていたラッピングプレゼントを差し出す少女を可愛いと思いながら。
「これ、手塚先輩に渡してもらえますか?」
「手塚に?」
「はい、お誕生日おめでとうございますって伝えてください」
一人の少女がそう言ってプレゼントを頼めば、他の子たちもそれに習って智洋へ渡す。
寝ている手塚を起こさないように、最小限の声に抑えて。
少女たちの心遣いに智洋はニッコリと笑った。
「わかったわ。私が責任を持って手塚に渡すから。安心してね」
そう言って少女たちに手を振った。



「いつまで寝たふりしてるつもり? 生徒会長さん」
ドアを閉めて智洋がクスクスと笑った。
ゆっくりと頭を上げた手塚の机にたくさんの受け取ったプレゼントを降らせて。
「『お誕生日おめでとうございます』」
棒読みで、けれど満面の笑みで伝言を告げる。
「さっすが手塚ね。今のところ合計で何個もらったの?」
「数えてるわけがないだろう」
「数えなさいよ。紙袋二つってことは40個ってとこかしら」
床に置かれているプレゼントがぎっしり入った紙袋を横目に智洋は席を立ち、マグカップを棚から取り出す。
手塚は机の上のプレゼントを紙袋に移そうとして、眉を顰めた。
「なぁに? 手作りお菓子でももらったの?」
からかうような声は手塚が甘いもの嫌いだと知っていてのもの。
「・・・・・・・・・」
「せっかく手塚のために時間を割いてくれたんだから、一口くらいは食べなさいよ」
「・・・・・・・・・わかっている、が」
「手塚だって自分がプレゼントしたものを他の人に渡されたら気分悪いでしょ? それが特別な人ならなおさら」
「・・・・・・・・・」
「別に食べたって死にはしないわよ、たぶん」
微妙な保障の仕方にため息をついて、そういえばと思い出す。
「・・・・・・たしか、久川も誕生日には大量にプレゼントをもらっていなかったか?」
去年の一月にあった少女の誕生日を思い出す。
あの日は朝から下駄箱や机の中、果てはロッカーに入りきらない分のプレゼントが机に乗っていたのを見たような気がする。
性別年齢問わず差し出されるものは全部もらっていたような。
「もらってたわよー。合計で81個。内訳は青学で42個、他校で20個、身内に5個、その他14個」
「・・・・・・もらった菓子は全部自分で食べたのか?」
いくら甘いもの好きといえどそれは無理なのではないかと思い、手塚はウンザリとした顔になる。
甘いものを考えるだけでも眉間にシワが寄る。
「自分で食べたわよ。だってもらった中で食品は10個もなかったもの」
意外な事実に顔を上げる。
今回に限らず自分がもらうプレゼントのうち食べ物は半数以上を占めるのに?
それなのに少女の言葉はどういうことか。
「前もって言っておいたのよ。誕生日には消えてしまうものよりも形に残るものが欲しいってね」
形に残るもの=食品以外。
自分の望みを言うにしても実に素晴らしい言い回しだ。
相手の心をくすぐる絶妙な言葉。
「この外道が・・・・・・」
「用意周到と言ってもらえる? おかげで新年にもらったお年玉もしばらくは使わないで済むのよね。本当にラッキー」
「ラッキーなわけあるか」
「それに私の誕生日って亮と一緒だし。亮が食べ物をたくさんもらうからそれを一緒に食べるのよ。手塚と一緒で亮も甘いものは嫌いなのよね」
双子の片割れを思い出して智洋が柔らかな笑みを浮かべる。
先ほど少女たちに見せたものとは違う、特別な『笑顔』。
手塚はそんな智洋を見て、悪態を吐くのを諦めてため息をついた。
「どうでもいけど、真剣に告白してきた子にはちゃんと誠意を持って応えなさい? 付き合うにしても、付き合わないにしても」
「あぁ、わかってる」
頷いた手塚に満足げに笑って、智洋はコーヒーカップの中に入れていたお湯を捨てた。



手塚国光という人物は、中学に入学した当初から女生徒に圧倒的な人気を誇っていた。
その整った美貌もさることながら、テニスの腕前も、成績の優秀さも手伝って。
しかし手塚がそれ以上にモテるようになったのは、実は彼が生徒会に入ってからなのである。
生徒会会長に就任した二年生の二学期から、人気はまるでうなぎ上り。
その主な理由は「優しくなった」というもので。
以前は呼び出しにも手紙にも応じなかったのが、その頃からは無視することなくきちんと本人に返事を返すようになったのだ。
女生徒達は手塚の真摯な態度に静かに身を引いて、それでも諦められない場合は邪魔などをせずに遠くから想っているだけ。
それほどまでに手塚の応対は誠実だったのだ。
それもすべて、同じ生徒会にいる人物。
久川智洋の影響である。



「ハイ、どうぞ」
コトリと差し出されたマグカップ。
中には琥珀色の液体がミルクも砂糖も入れずに注がれていて。
いつもとは違う香ばしい香りに手塚がそれを鼻に近づける。
一口飲めばその違いは歴然。
そして置かれた小さなチョコレートの詰め合わせ。
「私が今まで飲んだ中で一番美味しかったブルーマウンテン。今日だけは特別、手塚のために」
瞳をあわせて、『笑顔』を浮かべて。
「誕生日おめでとう」
極上の微笑と甘い声で囁かれて、手塚は思わず赤面しかけた。
けれど目の前にいる少女はこれが素なのだと思い直して。
「・・・・・・ありがとう」
答える声も自然と柔らかいものとなる。
「どういたしまして」
二人して顔をあわせて笑い合った。



いつもの生徒会室で。
今日だけは、校則重視の生徒会長も「飲食禁止」とは言わなくて。
二人して仲良くチョコレートをつまむ。
そんな誕生日。



「誕生日おめでとう、手塚」



10月7日。
ゆるやかな、午後のこと。





2002年10月8日