静かなはずの生徒会室に少女特有の明るい声が響き渡る。
「えーホントに!? うわ、全然オッケー! 会えるのなんて久し振りじゃない。・・・うん、いいってそんなこと気にしなくて。私なら大丈夫だから。じゃあ来週の木曜に新宿駅中央改札でね」
シルバーメタリックの携帯電話にキスをして。
「またね、亮。愛してるよ」
ピッと通話を切ったのだった。
これで生徒会室は本来の姿を取り戻したかのように見えた。





青春学園中等部生徒会





「・・・・・・・・・・・・・
「なーに? 手塚」
左斜め前の机で作業している生徒会長に声をかけられ、今の今まで携帯電話で会話していた少女は振り返った。
肩までの黒髪がサラリと揺れる。
「・・・・・・構内での携帯電話の使用は校則違反だ。生徒会副会長自ら規則を破ってどうする」
「先生たちの前じゃ使ってないから大丈夫よ。使うとしたらココか校舎裏。バレないようにしてるから平気平気」
「そういう問題ではないだろう」
「じゃあ何? 功績優秀な男子テニス部の部長さんは、この書類を全部自分一人で処理なさると言うわけかしら?」
バサリと少女の手で重ね上げられた紙の束。
生徒会で扱わなければならない未処理の書類。
全部一人で片付けるとなれば、本日中に終わるかどうか。
「謝るなら何事も早い方がいいわよ、手塚」
黙りこくってしまった生徒会長にニコリと少女は微笑み返す。
「・・・・・・・・・・・・」
「まあこの場合は謝罪ではなく御礼を述べるべきだけれどね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「付き合いも三年目になれば手塚の行動は大体読めるけど、やっぱり言葉は他者に気持ちを伝える為にあるものだし?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・感謝している」
「どういたしまして」
上機嫌に満面の笑みを返して仕事再開。
生徒会長は処理済の書類に目を通しハンコを押して、副会長の少女は未処理の書類に手早くボールペンを走らせる。
その合間に聞こえてくる鼻歌に、手塚が意外そうに顔を上げる。
「・・・・・・・・・やけにテンションが高いな。そんなにさっきの電話が嬉しかったのか」
「当たり前に決まってるじゃない。寮生活で滅多に会えない双子の片割れに会えるのよ?これを喜ばすに何を喜べっていうの?」
「そのことだが、・・・・・・」
手塚が何かを言いかけたが、それは少女の手によって止められた。
ふと見ればこちらへと近づいてくる二人の女子生徒。
「あの、副会長。これ、今度の文化祭の広報なんですけど・・・」
「出来たの? ちょっと見せてくれる?」
受け取って目を走らせる姿は、忙しい生徒会長の補佐を立派に務めあげると評判の副会長以外に何ものでもなく。
「オッケー。上手に出来てるじゃない。やっぱりこの仕事を委員会じゃなくて由美ちゃんと沙織ちゃんに任せたのは正解だったわね。予想以上にうまく出来てる」
「「本当ですか!?」」
キャアッと歓声を上げて喜ぶ女生徒たち。
それにご苦労様と声をかけると、立ち去ろうとしていた女生徒の片方を何とはなしに呼び止めて。
「沙織ちゃん、今日のヘアピン新しいやつ? よく似合ってるよ。やっぱり沙織ちゃんにはピンクよりもオレンジ系の方が似合うね」
綺麗に整った笑顔で微笑むものだから、言われた方は一気に顔を赤くして。
「えっ、あっ、ありがとうございますっ!!」
二人して肩を叩きながら元いた席へと帰っていく。
広い生徒会室の奥には会長と副会長の席、手前には書記と会計の机が並んでいる。
「この詐欺師が・・・・・・」
「失礼ね。男子女子関係なく、美点は素直に褒める主義なのよ」
悪態をつく会長にもサラリと返して。
この副会長はいつもこうなのだ。
仕事の処理能力は文句なしにピカイチなのに、その言動は山吹中の千石にも勝るくらいの軟派ぶり。
しかも当の本人は容姿端麗・文武両道・教師からも受けがいい。
そんな人物に褒められれば悪い気はしないというもので、男女問わず彼女のシンパは確実に層を増している。
最近では他校にもその領域を広げていると、先日テニスの試合会場で相手校の部長に聞いたくらいだ。
「それで? さっき何か言おうとしてたでしょ?」
「あぁ・・・そのことだが」
ハンコをしっかりと押し当てて、会長はその鋭い眼差しで優秀な副会長をじっと睨む。
「先ほどの約束・・・来週の木曜日に部活会議があると知っていての仕業か?」
答えは何となく判る気がしなくもないが。
「知ってるわよ。当然じゃない」
・・・・・・・・・・・・・・・・・やはり。
手塚はガクリと肩を落とした。
ハンコを持つ手が微妙に震えている。
・・・・・・それを判っていながら約束など入れるな」
「えー別にいいじゃない。私一人いなくたって会議は順調に進むわよ。それほどの手腕がないわけじゃないでしょ、会長様?」
「・・・・・・・・・休むつもりか」
「サボタージュと言ってほしいわね」
「なお悪いぞ」
「あーもう、心配性ね、手塚は」
少女は呆れたように言い放つと、ボールペンを持ったままの手で髪をさらりとかき上げた。
ため息をつきたいのはこっちだ、と手塚は心中で嘆息する。
この堂々と会議をサボると宣言する少女のどこが副会長に相応しいのか。
「会議でやる事といったらどうせ夏休みの活動場所と時間の割り振りでしょ。今年は相撲部と野球部、あとテニス部も学校の宿泊施設を使うんだっけ? 体育館を使うバスケ部・バトミントン部・バレー部・卓球部にはそれぞれ適度に時間を当てはめればいいし。後は特に問題のある部はないでしょ」
「その体育館の割り振りにどれだけの労力を使うと思ってるんだ?」
「時間にして約二時間半くらい?」
喧々囂々の騒々しさに耐える耳も必要かもね、と言って少女はカラカラと笑う。
毎年のことだが体育館の使用をめぐっては諍いが絶えない。
今年もそれが起きるのかと思うと、手塚はさらに疲れたようにため息をついた。
それを他所に少女は鞄からチョコレートを取り出してパッケージを開ける。
、生徒会室内での飲食は・・・・・・」
「今更硬いこと言わないでよ。私なんか前会長からコーヒーメーカーまで継承してるのよ? あってないような規則じゃない」
「だが・・・・・・」
「ふぅん、じゃあ会議の三日後に試合を控えているテニス部の部長さんは、その日の放課後にある部活に出られなくてもいいって言うんだ?」
「・・・・・・・・・何?」
手塚が思わず顔を上げると、そこには笑みを浮かべてチョコレートを口に運んでいる副会長の姿。
悠然とした態度にはいつもと同じように余裕が溢れていて。
「・・・・・・・・・何か策でもあるのか?」
尋ねる声は信じられないと驚きを含んだもの。
「そりゃまあね。こう見えても優秀・敏腕・有能と三つ揃った副会長ですから?」
「・・・・・・・・・・・・」
「教えてほしいなら素直に『教えて下さい』って言いなさいよ。・・・と言いたい所だけど、今回は私自身の為でもあるしね。大丈夫。体育館の使用の件ならちゃんとどの部活も納得のいくような時間割り振りを考えてあるから」
「・・・・・・・・・・・・」
「心配なら事前に交渉しておくわよ。他の部活は特に問題ないだろうけど、一応見ておいた方が得策かもね。じゃあ全部の部活に交渉しておくから、来週の木曜の会議はやっぱり放課後じゃなくて昼休みにしましょ。それなら私もサボらなくて済むし」
「・・・・・・確かなんだな?」
「疑うわけ? 日頃身をもって私の優秀さを実感しているであろう生徒会長様が?」
「いや、がそう言うなら大丈夫なんだろう」
「信頼されるっていいものよね。裏切り甲斐があってゾクゾクするわ」
楽しそうに笑うけれども、その表情は全くもって本気ではなくて。
手塚は少女の机に乗っているチョコレートへと手を伸ばした。
久し振りに食べたそれは、とても甘く感じられる。
「双子・・・・・・だったか」
呟いた一言にパアッと笑顔が咲き誇り、それを見ることの出来る人物はあまりいない。
営業用ではない本当の笑顔。
「そう! いつもは寮に入ってるから会えないのよね。全国でも強豪校のサッカー部だし。今度の木曜は久し振りに休みになったんだって」
「そうか、楽しんで来い」
「もっちろん。大好きな亮の為だもの。何を置いても楽しむに決まってるでしょ!」
満面の笑みはとてもとても柔らかいもので。
手塚にとっては日ごろの言動に隠されがちだった少女の秀麗な美貌を今更ながらに再確認させられて。
黙った相手に少女は不思議そうに首を傾げ、一瞬ののちにニヤリと笑った。
少しだけ皮肉めいた色気のある笑みは少女にとてもよく似合って。
「何、ひょっとして手塚は寂しいの? 私が亮のことばっかり話すから」
「・・・・・・・・・馬鹿を言うな」
「大丈夫大丈夫。私はちゃんと手塚のことも愛してるからね」
「どうせ不二や越前にも同じことを言うんだろうが」
「当然。広く浅く博愛主義者なものですから」
「八方美人は身を滅ぼすぞ」
「うっわ、言ったよこの人は。手塚こそもう少し愛想良くしたらいいんじゃないの?」
「余計なお世話だ」



そんなこんなでチョコレート片手に仕事は進み。
一人なら本日中に終わるかどうか微妙だった仕事も、気づけば残り数枚になっていて。
言動はどうあれやはり優秀なんだな、と手塚は小さく笑みを漏らした。
軽口を叩きながらする作業は、本人には言えないが実はかなり気に入っていて。
肩肘を張らずに付き合える相手。
嫌だと言うのを宥めすかして生徒会に入れてよかったと思う。



他校でもその手腕と実績で有名な青春学園中等部生徒会。
そんなある日のことでした。





2002年8月18日