03.始まりの回帰





扉が開く。終焉のドアが。



「・・・・・・いつか来ると思ってたよ」
片口を吊り上げた男の顔は、半分が火傷に歪んでいる。残された部分だけでも分かる美貌は、彼が40代の半ばを過ぎているとは到底思わせない。
「絶対来ると思ってた。あの女は周到だったからね。ガキっぽい喋りをするくせに、頭の中は本能的な計算で成り立っていた」
「いい女だったでしょう?」
「最悪だ。人類の半分があいつと同じ性別かと思うと、片っ端から殺したくなる」
「嘘ばっかり」
かつん、と足音を立てて少年は男に近づく。エナメルの靴は先が丸く、わざとらしい子供っぽさを主張している。
「貴方、母様を愛してたでしょう? 自分と同じ獣を飼ってる、希少な女。惜しくらむべきは敵対ファミリーとして出会ってしまったこと。そうでなければ傍に置けたのに。残念でしたね、本当に残念」
「俺とあいつは出会うべくして出会ったんだよ。殺しあう宿命だったのさ」
「そして母様は貴方の腕と足をもぎ取り、貴方は母様を地獄に送った」
くるりと少年は絨毯上でターンする。所作は笑えるほどに上品で、赤銅色の髪が舞う。
「今頃は地獄でラガツァを再結成しているのかな。あそこならきっと、母様の部下は山のように増える」
「闇を持つ女だからね」
「そう、そんな母様から僕は生まれた」
突き付けられる銃に、男は眉も動かさなかった。
互いに分かっていたのだろう。男は笑い、少年は目を細める。
「今日、僕の誕生日なんだ」
「ふーん、それはおめでとう。いくつになった?」
「七歳。母様がドン・ラガツァを襲名したのと同じ年だよ」
「おまえの方が、あいつよりしっかりしてそうだな」
「そう? 母様は最高の女だよ。だって僕を産んだんだもの」
小さな指が、撃鉄を起こす。男に向けて、少年は微笑んだ。生き写しのようにそっくりな顔で、愛の代わりに闇を告げる。

「さようなら、ドン・ヴェレーノ。この喧嘩はやっぱり、母様の勝ちだよ」

サイレンサー付きの拳銃は、静かに男の生を終わらせた。満足そうな、皮肉気な笑みで崩れた男を一瞥し、少年は天へと顔を向ける。浮かべるのは満面の笑み。
「終わったよ、母様」
両手を差し出し、抱くように胸で交差する。捧げるのは五年越しの復讐。もっとも、相手はこの現状を予期していたらしいけれども。
「これで僕も、ドン・ラガツァを名乗っていいよね?」
歩き出す足取りは軽い。
「まず、右腕を見つけなきゃ。母様にとってのヴィットーレ、僕だけに忠誠を誓うひと」
ぱちりと瞬いた右の目は、赤く数字を映し出す。
「それから300人のファミリー。少数精鋭、完全なぶとうは」
腰に差す拳銃は武器の一つ。綺麗に整えられている爪には、もちろん毒を忍ばせている。
「リミニに帰って、閉められていた屋敷を開いて、ドン・ボンゴレに返してもらった街もしはいしなおさなくちゃ」
歩む足取りに迷いはない。幼い姿態にためらいはない。
「やることが沢山あるね。どれからてをつけていこうかな」
高い声が笑う。吊り上がる唇の端。
「見ててよ、かあさま」
赤銅色の髪が揺れ、左目の青が喜悦に歪む。小さな体を覆う皮膚の下、うごめくのは受け継いだ闇。浮かべる笑みは至上の幸福。

「ドン・ラガツァのじゅうさんだいめ、たしかにぼくがひきついでみせるから」

歩き出す少年の足取りは軽い。小さな影が踊るようについてく。
舌足らずな口調でハッピーバースデーの歌を口ずさみながら、少年は闇の中へと帰っていく。



ラガツァファミリーは、人が存在する限りついえない。
物語は終焉を迎え、そして何度も始まっていく。
深い闇の、中で。





生起編終了。
2006年8月13日