06.血盟





あの粗野で骨ばった手に首を掴まれた瞬間、一切の呼吸を禁じられた。
奴の手は自分の首を容易く掴んだ。片方の手だけで、奴は自分を葬れるのだ。
理解するよりも先に身体が動いた。美しく形作られている右爪を、奴の手首に突き立てた。生温かく狭い肉の中を掻き回し、マニキュアと毒をその身に注いだ。
腕が伸ばされたままでは、手も足も奴の体に届かなかった。だから毒が回り始めた瞬間、隙を見計らって奴の口に再度右手を突っ込んだ。
爪が喉の奥に達する。上下の歯が指をちぎらんと噛み締めてくる。
朦朧としていく意識の中、崩れたのは同時だった。



「・・・・・・くつじょくだわ」
この、痺れる喉も、掠れる声も。
「くつじょくだわ、くつじょくだわ、くつじょくだわ」
小さな手も、剥がれた爪も、軽い身体も、短い手足も。
「くつじょくだわ。あんなやからに、あんなやからにがまけるなんて。くつじょくだわ、さいだいのぶじょくよ」
シーツを握り込む。小走りに近づいてくるヴィットーレ、コロネロ。医師たちが動いている。けれどそんなもの見えなかった。
「ぶじょくだわ。ぶじょくよ。さいだいのぶじょくだわ。ゆるさない、ざんざす。おまえはただでよみへはおくらない。このよのじごくをあじあわせ、そしてがかならずいきのねをとめるわ」
「・・・・・・ドン・ラガツァ」
「ヴィットーレ、やつはどこ」
「お待ち下さい、ドン・ラガツァ。その前に私の話を聞いて頂けないでしょうか」
小さな身体が丁寧に抱き起こされる。ファミリーではない者の声がした先、同盟を組んだボンゴレの人間が目に入る。
「きくことなどないわ、ドン・ボンゴレ。しゃざいなんかで、こののくつじょくがはれるとおもうの。どうしてくれよう、あのおとこ。くびわをつけて、くさりでつないで、むちでうってやりたいわ。がんきゅうをえぐりだして、つめをいちまいちまいはいでやりたい。ヴィットーレ、やつはどこ。いますぐつれてきてちょうだい。のめのまえに、いますぐに」
「―――ドン・ラガツァ」
「だまりなさい、ドン・ボンゴレ!」
童女の濃碧の瞳は、完全に怒りで滾っていた。シーツを握っている手には、筋が何本も浮き出ている。包帯の巻かれた首が悲しく、うっすらと血の滲んでいる手のひらのガーゼ。童女のすべてが語っていた。くつじょくだ、と。
「おまえのかんがえてることくらいわかるわ。どうせがわるいっていうんでしょう。がなにかいったから、ざんざすがにてをだしたっていうんでしょ。たしかにはやつにいったわ。『まけいぬがどうしてボンゴレにいるの』って。ほんとうのことじゃない、きれるあいつがわるいんじゃない。ドン・ラガツァにてをだした、あいつをゆるすわけないじゃない」
「・・・・・・確かに、先に手を出したのはXANXUSです。しかも同盟ファミリーであるラガツァのドン、あなたに」
「そうよ、だったら」
「だけど、XANXUSは俺の大切なファミリーです。俺はあいつを守りたい。死なせたくはないんです」
「そのためならなんでもできる?」
「・・・・・・俺に出来ることなら」
10代目、とボンゴレの人間が何かを叫んだ。けれど童女は桜色の唇をゆっくりと吊り上げる。天使のように愛らしい容姿が、般若のように醜く歪む。それなのに引きずり込まれるような闇と、何故か悲哀を感じさせる。
「おろかなドン・ボンゴレ。あいつがおまえをどうおもってるのかもしらないで」
低い呪詛のような言葉は、近くにいたヴィットーレしか拾えない。
「いいわ、もってかえりなさい。このけんはかしにしといてあげる」
「・・・・・・よろしいのですか?」
「いいわよ、そのかわり、かならずかえしてもらうから」
童女の言葉は低く、轟き、決して逃げられない鎖を紡ぐ。



「おぼえてなさい、ボンゴレファミリー。このドン・ラガツァをぶじょくしたこと、まつだいまでおぼえてなさい。このかしはいつかかならず、かならずかえしてもらうから」



ぎらぎらとした目、戒めを囁く唇、死すら許さないと、童女は語る。
この日、ひとつの大きな契約が交わされた。ボンゴレとラガツァが在り続ける限り破られぬ、永久の盟約が交わされた。





おぼえてなさい、ボンゴレファミリー。
2006年8月3日