03.lacrima





話には聞いていた。リボーンとスカルからではない。ボンゴレのドン、綱吉からだ。マフィアランドに行くので人を貸してほしいと連絡を受けた直後に、彼はコロネロの元へ電話をかけたのである。気をつけて、と綱吉は言っていた。何だそりゃ、と一笑に伏していたコロネロだが、実際に噂の人物を目の当たりにして、彼はその考えを改めた。



「テメーがドン・ラガツァか、コラ」
声変わりを経て低くなり始めた声にも、童女は怯えすらしない。
「あなたがもとぐんじんのアルコバレーノ? なまえはコロネロ、うらマフィアランドのかんりにん」
「ただのガキ・・・・・・じゃねーな。リボーンを揺るがすだけはあるってか」
「あら、なかよしなの? すてきね、なかよしアルコバレーノ」
「気色悪いこと言ってんじゃねーぞ、コラ」
コロネロは眉をしかめて童女を見下ろした。13歳になり成長時を迎えている自分よりも30センチ近く低い背。ワンピースの襟繰りから覗く薄い鎖骨。手足は細く柔らかみもなく、子供特有の体形をしている。麦藁帽子の下でウェーブを描いている赤銅色の髪。見上げてくる濃碧の瞳はコロネロの中に深く手を伸ばしてくる。探られている、と本能的に思った。警戒に片方の足を引く。その所作に童女が唇を吊り上げる。
「もとぐんじんの、アルコバレーノ」
舌足らずの高い声が、コロネロの中を脳天から揺さぶる。
「どこのファミリーにもぞくさない。だけどおしえごはとてもたくさん。かいぐん、りくぐん、それにボンゴレ。すてきね、ゆうしゅう、だけどひとり」
一歩、童女がコロネロへ近づく。先ほどとは違う片足が、童女から半歩遠ざかる。
「このなにもないしろいすなはまにたち、はてのないふかいうみをながめ、にげられないたいようにてらされながら、おまえはいったいなにをおもうの。そのこころはこどくにふるえる? いぎをとう? どうしてじぶんはうまれてきたのか、どうしてじぶんはアルコバレーノなんだろうか、そうおもってまいにちをすごす? それはおまえにとってゆういぎなひび?」
指が、トリガーにかかった。それこそ銃身よりも小さかった頃から愛用してきたライフル。肩にかかっているそれを握る。童女はさらに近づいてくる。
「ほかのろくにんはファミリーがあるのに、どうしてじぶんはこんなところに? すきでうまれたわけじゃないのに、すきでアルコバレーノになったわけじゃないのに、どうして、どうして、どうしてじぶんだけずっとここで、ひとりでいるの?」
ぴくりと、指が震えた。唇をかみしめる。重なった視線が逸らせない。瞳が心ごと覗き込み、コロネロの弱い部分を探り出す。
「さいしょにひきがねをひいたのはいつ? ころしたにんげんになみだしたことは? かけているじぶんにきづいてる? きづいているなら、おまえはすてき。こころをもたないアルコバレーノ。だからこその、マフィアのいみご」
「・・・・・・るせぇ」
「さみしいのね、なきたいのね、ほんとうはひとりはいやなのね。じゅうをてばなしていきたいのに、からだがそうはさせてくれない。アルコバレーノ、アルコバレーノ。かわいそうな、マフィアのいみご」
「うるせぇ」
「すなはまとうみとたいようがわらうわ。おまえはじゆうにみえるけれど、こうそくされることをのぞんでる。めいれいされたい? めいれいされたい。だってそうすればりゆうができる」
「うるせぇっ」
「もうひとりはいやなのね。だれかにひつようとされたいのね。だれかのそばに、ずっとずっといたいのね。だけどアルコバレーノ、きょうじがたかくていいだせない。なんてばかなの、かわいくてかわいそう、アルコバレーノ」
「うるせぇ!」
ジャキっと音を立ててライフルが突き付けられた。精一杯伸ばされた腕は、恐怖の表れ、威嚇のために。けれど童女は深く笑みの種類を変えて、少年に向かって囁き告げる。

「おまえはぐんじんなんかじゃないわ。こどくにおびえるアルコバレーノ、ただのさみしがりやなあかんぼうよ」

にらみつけていたはずなのに、その目が違う熱さを帯びていた。映る童女の像が歪む。笑う様は天使のように、紡ぐ言葉は悪魔のように、コロネロの中を侵食していく。
溢れた心が頬を伝った。





悔しさじゃなく、悲しさでもなく、溢れてくるこの思いは。
2006年7月29日