06.その身体に烙印を押せ





静かに音を立てないように、扉を閉めて戻ってきた綱吉に、一同はそれぞれ視線を向ける。
「ツナさん・・・・・・リボーンちゃん、大丈夫ですか?」
「うん。シャマルに鎮痛剤を打ってもらって、今は寝てる」
ハルの言葉に答え、綱吉は自身のための上座に座る。円卓についているのはボンゴレリングを持つ者たちで、その中でも綱吉の左隣に座る山本が、長い腕をぐっと伸ばした。
「それにしても坊主が、ドン・ラガツァにあそこまで反応するとはなぁ」
「何か、リボーンらしくないですね。いつもの余裕しゃくしゃくな態度はどこへ行ってしまったんだか」
「ドン・ラガツァの言葉には力があるからね」
綱吉は溜息を吐き出し、先ほどの会談を思い出す。自分と対等に話す童女は、ドンだということを差し引いても異端だった。小さな体の内側に巣食っている闇が、形を変えて周囲に響く。
「彼女の言葉には、力がある。リボーンにとっては、それが毒として働いたんだ」
「毒・・・・・・」
「会談の様子は見てもらったよね? じゃあ意見を言ってってほしい。最初は・・・・・・山本から」
自分がいない間に、録画しておいた会談を見ておくように綱吉は指示しておいた。それを前提に話を振れば、山本はぎしりと音を立てて椅子を戻し、唇を舐めてから喋り始める。
「ドン・ラガツァは確かにヤバイな。何つーか、近くにいると首の後ろがピリピリする。だけどラガツァの武力は魅力的だ。ヴィットーレを見ても思ったけど、ファミリーはかなりの実力者揃いだろうな」
「同盟には?」
「おおむね賛成。俺、ワイン好きだし?」
肩をすくめてウィンクをされ、綱吉も思わず失笑を返す。一つ頷いて、次の意見者の名を呼んだ。
「ランボ」
「はい。えー・・・・・・俺、実は先代のドン・ラガツァに会ったことがあるんですけれど」
「え、そうなの?」
綱吉が目を瞬くと、ランボは首を縦に振った。
「ボヴィーノはラガツァほどじゃありませんが、やっぱり中小マフィアなので。その関係でボスに連れられて、ラガツァの本拠に行ったことがあります」
「どうだった?」
誰もが気になっているのだろう。円卓についている全員の視線を向けられ、ランボは少し引きながらも受けた印象を思い出す。
「・・・・・・先代のドン・ラガツァはナイフの達人でしたが、穏やかで気さくな人でした。とても武闘派ファミリーをまとめているとは思えないくらいの。なので彼の娘ということは、それなりの人物だろうと思っていたのですが・・・・・・いかんせん、違ったようで」
想像出来ねぇ、と呟いたのは獄寺で、軽い笑い声を上げたのは山本だ。
「ですがラガツァの戦闘力は俺が保証します。リーヌファミリーとの抗争に増援が必要ならば、ボンゴレはラガツァと組むべきです」
「ありがとう。じゃあ次、ハル」
「はひっ! ハルは・・・・・・ハルは正直、ドン・ラガツァはちょっと怖いなって思いました。でも仕事に私情は挟みません。ちゃんと付き合っていきます」
「同盟には?」
「どちらでも構いません。ツナさんの意思に従います」
はっきりと口にした彼女に、綱吉は笑みを返した。それじゃあ、と円卓を見回して次を指名する。
「了平さん、お願いします」
「おおっ! 俺は難しいことは分からん。だが、あの金髪の男がかなりやることは分かった。細そうに見えるが鍛えられた身体だったぞ。おそらく肉弾戦だけでも、俺と同じくらい強いだろう。一度対戦してみたいものだ」
「同盟には?」
「どちらでも構わん。だが、あの子供の怯えようだと止めた方がいいかもしれんな」
了平はリボーンへの配慮を見せた。それはおそらく誰もが懸念していることであり、綱吉も気になっている。取り押さえたときに震えていた腕。あんなリボーンを見るのは、綱吉は初めてだった。
「・・・・・・ありがとうございます。次、獄寺君」
「俺は同盟には反対です。会談を直に見てて思いましたが、ドン・ラガツァは得体の知れねぇガキです。ドンが子供ってことでファミリー内でも揉めるでしょうし、そんな厄介事をボンゴレに持ち込ませるわけにはいきません」
幼い童女の、ボンゴレを小馬鹿にした言動を思い出しているのだろう。眉間に深くしわを刻んだまま、獄寺はいまいましげに、けれど冷静に意見した。
「雲雀さん、お願いします」
「僕はどうでもいいよ。増援なんか呼ばなくてもリーヌファミリーは潰せるし。だけどラガツァを敵に回すのは面倒だろうね」
「雲雀さんはヴィットーレさんのことをどう思いました?」
「笹川の言う通り、かなりのやり手だね。赤ん坊が銃を突き付けたのと同時に、手にナイフを握ってたよ」
「それは当然でしょう。彼はあの『アポリュオン』なのですから」
会話に割り込んできたのは、最後の意見者として残されていた骸だ。彼はどうやらいつになくご機嫌なようで、赤い右目を楽しそうに細めている。
「『アポリュオン』?」
綱吉が首を傾げれば、骸は彼独特の笑い声を漏らしてから情報を披露する。
「ハニーブロンドにベビーブルーの瞳。甘い顔立ちで内臓をえぐり出す、凶悪と名高い殺人鬼ですよ。ずいぶん昔に聞いた名ですが、久しぶりに思い出しました。まさか本人に会えるとは思ってなかったですけどねぇ」
クフフ、クフフ、と骸は笑い続けている。
「しかもその『アポリュオン』が、あんな小さな少女に跪ずいているとは。ボンゴレ、同盟を組んだら是非僕をパイプ役に使って下さい。ラガツァなら喜んで繋がせてもらいますよ」
「・・・・・・ってことは、同盟には」
「大賛成です」
「でも骸とドン・ラガツァの組み合わせって、何かなぁ・・・・・・」
ひょいっと肩をすくめて、綱吉は椅子に背を預けた。全員の意見を聞き終え、自分の考えをまとめる。けれど綱吉は物事を決める際、基本的に自身の直感に従うことにしていた。ボンゴレ特有の超直感と言われるそれだが、綱吉にしてみれば幼い頃からの処世術に過ぎない。ただ今は、どうしても気になることがある。
けれど、綱吉はボンゴレファミリーのドンなのだ。考えるべきはファミリーにとっての最善。私情に流されてはいけない。
「・・・・・・ラガツァと、同盟を組もう」
10代目、と叫んだ獄寺を片手で遮り、綱吉は続ける。
「彼らと組むメリットは、その戦闘力よりも、彼らを『敵に回さない』という確約だ。もちろん裏切りもあり得ないことではないけれど、ドン・ラガツァは見返りがある限りそんなことはしないと思う。彼女は固い意思を持ってドンになったようだし、そこまで馬鹿な子ではないと思うんだ」
言葉を選びながら、綱吉は一言一言ゆっくりと告げる。
「彼女が俺を利用するなら、ボンゴレもラガツァを利用させてもらおう。危険な相手は放っておくよりも、手の中で遊ばせた方が御しやすい。・・・・・・獄寺君、いい?」
「・・・・・・10代目がお決めになられたのなら、俺は従います」
不承不承だけれども頷いてくれた右腕に笑いかけ、綱吉は大きく息を吐き出した。これだけ決めるのに、何だかやけに疲れた気がする。
「ドン・ラガツァには明日俺から電話する。繋ぎは・・・ものすごく不安だけど、希望らしいから骸で。山本、サポートについてくれる?」
「あぁ、いいぜ」
「ツナさん、リボーンちゃんには・・・・・・」
「俺から言うよ」
柔らかく微笑んで、綱吉は告げる。
「リボーンには俺から言う。これはドン・ボンゴレとしての義務だから」



こうしてボンゴレとラガツァの同盟は結ばれた。
双方共に含みのある、腹の探り合う盟友となった。





アポリュオン / 天使として現れ、人々に五ヶ月の苦しみを与えて殺す悪魔の名から。
2006年7月25日