06.さみしがりや、おくびょうです
政宗は城主であるため、離れを訪れることは多くない。それでも三日に一度、現れる彼が自分に気を配ってくれていることをは知っている。喜多は稽古を差し引いても毎日顔を出し、他愛のない話をして朗らかなときを与えてくれる。二日に一度はこうして小十郎もやって来て、おそらく政宗にの様子を報告でもしているのだろう。必要なことだと分かってはいるが、それでもは目の前の人物が得意ではなかった。大きな体躯は、間違っても農作業で培われたものではない。強面の顔が笑んだところなど見たことないし、それが己に対する正しい態度だとは知っているけれども、最北で政宗の前に立ち、刀を手に凄んだ姿が今も忘れられないでいる。茶筅を置き、器を出す指先は震えていないか。細心の注意を払い、呼吸すらも押し殺して、は小十郎が器に手を伸ばすのを見つめた。
「頂戴する」
はい、と返答はかすれて声にならなかったが伝わっただろうか。茶器を抱える小十郎の手は大きい。指は太く骨ばっており、少しでも力を込めれば土で作られた器など粉々にすることが出来るのかもしれない。怖い。過剰な恐怖は相手をより怖がることに繋がると分かっているけれども、それでもじわりじわりと身の内を侵食する警戒には身を小さくして堪えるしかない。ひゅう、と喉が鳴りそうになる。堪えなければ、と袖の下で手のひらを握る。
「結構なお手前で」
「・・・ありがとうございます」
返された器を受け取る。手のひらに乗せたそれは、何故か先程よりも重くなっているような気がした。一滴も残すことなく飲み干された茶の分だけ減っているはずなのに、の手に余り、共に気を重くする。襖と障子は開かれているが、その代わりに庭との境には御簾が下げられていた。夏を向かえ日差しも暑くなり始めたとはいえ、これから先はその日差しがの身体を蝕んでいく。寒さにも暑さにも耐えることのできない脆弱な身体を、誰より厭うているのが自身だ。不甲斐無い。さらりと薄い水色の髪が流れ、の頬を小十郎の視線から隠した。
「姉上から聞いてはいたが、茶の立て方も随分と上手くなったな」
「勿体ないお言葉です」
「おまえが丈夫なら、畑にも連れ出してやれるんだが」
「・・・畑?」
「言ったことがなかったか? 俺は、自分の畑を持っている。戦があれば家人に任せることになってしまうが、野菜を育てるのが好きなんだ」
まぁ、おまえたちのような百姓からすれば児戯に見えるかもしれないが、それでも俺の作った野菜は中々美味いぞ。少しばかり唇を歪めた表情は、もしかしたら照れだったのかもしれない。後にはそう感じ入ったが、瞬間には理解できぬ驚きで目を瞠っていた。野菜を育てる。刀を握る手で鍬を持ち、人を切り捨てる腕で土を耕すのか。そんなことを思った己を、眼差しを伏せてそっと恥じる。畑。もう、どれくらい見ていないだろう。雪が融け、生命の息吹を讃える大地。僅かな季節に種を蒔き、水をやり、雑草を抜いて、健やかな実りを願う。青い空の下、笑う姉。いつき。、ほら、おらたちの宝だ! 光り輝く稲穂の海は、どんな黄金よりも美しかった。
「・・・・・・わたくしも」
声はやはりかすれ、とてもではないが小十郎の顔など見れはしなかったが。
「わたくしも、片倉様の畑を、見てみとうございます」
同じように目を瞠り、そして微かに笑んだ小十郎の顔など見れなかったが、それでもは「そうか」と返された言葉に再度首を縦に振って応えた。この方は一体どんな顔をして、己の育てた作物を刈り取るのだろう。いつきや、村の皆と同じような、誇らしい顔つきをしてくれるといい。
「じゃあ、それまでに身体を少しでも丈夫にしないとな。もっと飯を食え。おまえは食が細すぎる」
叱咤さえ柔らかく聞こえて、現金だと思いながらもは苦笑を浮かべた。御簾の外は、まだ秋まで遠いけれども。
畑は、わたしたちの母。わたしたちのすべて。
2009年12月26日