05.ぐあいがわるいことをけんめいにかくします
こほ、と喉の奥から漏れた咳を必死に枕に押し付けて殺す。ひゅうひゅうと掠れた音ばかりを立てる喉を留めようと必死に唇を噛み締めるけれども、痛苦が涙となって眦から零れ落ちていく。苦しい。苦しい。苦しい。掛け布団を頭から被って、は敷布を力の限り握り締めていた。
真夜中のことだった。自分の咳で目が覚め、発作の気配に気づき慌てて常備されている薬を飲もうと思ったが、平机の引き出しに手を伸ばすよりも先に本格的な苦しみが始まってしまった。かくんと膝が崩れ、畳に伏せる。心の臓から逆流するようにせり上がってくる咳を必死に堪え、は己の口を両手できつく覆った。鼓動がまるで耳元にあるかのように、大きな音を立てて速さを伝える。怖い。怖い。引き攣る臓腑に全身が張り裂けそうで、それでもどうにか布団まで戻った。掛け布団を全身で被って、その中で小さく丸くなる。膝を引き付けて、指が白くなるまで敷布を握り込む。咳は枕に押し付けて、そうして発作が過ぎるのを待つしかないのだ。はずっとそうやって、死の恐怖から逃れてきた。
死は常に身近にあった。心の臓が悪いと言われてから、幾度となく発作に襲われる夜を過ごしてきた。幼い頃は父と母がいてくれた。小さく漏らした咳にすぐに気づき、布団を蹴飛ばしで薬の用意をしてくれた。手を握ってくれた。大丈夫だよと、頑張れと一晩中励ましてくれた。両親と朝を迎えられる度に、生きていることに感謝した。
父母が死んでからは、いつきがその役目を担ってくれた。双子の姉は一緒の布団で寝るようにしたからか、両親より早くの異変に気づいてくれた。薬を取ってくれ、水を汲み、余りにも発作が酷いときは大雪の中でも医者を呼びにさえ行ってくれた。大丈夫だか、。おらはここにいるだ。すぐに楽になるから、心配しねぇでええ。痛いくらいに手を握って、いつきは一晩中呼びかけてくれた。朝日がようやく昇り始めた中、ひっそりと呟かれた嘆きをは今も忘れない。おらを残して、まで死なねぇでくれ。姉と朝を迎えられる度に、生きようと固く決意した。
だけど今は、両親もいつきもいない。広い青葉城に何人の人が寝起きしているのかは知らないが、それでも離れにまで来る人は限られている。しかもこんな夜更けになんて、誰も来るはずがない。ただでさえ厄介者なのだ。誰にも頼れない。誰にも頼ってはいけない。これ以上の迷惑をかけてはいけない。大丈夫だ。いつもの発作だ。きっと朝が来れば治まってくれる。それまで耐えればいいだけの話。ひとりで、耐えればいいだけの話。
「お父さっ・・・お母、さん・・・っ・・・いつき・・・・・・!」
呪文のようにそれだけを唱えて、は顔を枕に押し付ける。涙が布を濡らしていく。それがいつの日か血に変わらないことを、ただただ懸命に祈りながら。
楽に、なりたい。楽になっちゃ、いけない。
2009年12月26日