03.ストレスをあたえてはいけません





一日は同じことの繰り返しに終始する。朝は静かに目覚めることから始まり、起こしに来た女中に着替えを手伝ってもらう。その後は自室にて運ばれてくる朝食を取り、一息ついたところで稽古が始まる。内容は日によって違うが、復習と予習、そして練習はどれも一日足りとて欠かせない。着物の着付け、書道、茶道、華道、写経、俳句、短歌、三味線、琴、日本舞踊、能に狂言。料理が含まれているのは、城主である政宗の趣味だろう。武家の、それも限りなく高位の、所謂「姫様」と呼ばれる人種が受けるべき教育を、今のは与えられている。一介の農民である少女が、この東北を束ねる奥州の青葉城に招かれて、だ。その理由をはちゃんと理解していた。
「まったく、政宗様もいつまであのような小娘を気にかけるのか」
「本当ですなぁ。着物でごまかしたところで、所詮は農民でしかあるまいに」
廊下を歩いていると、障子の向こうから男たちの会話が聞こえてきた。声からして、おそらく歳のいった武将たちだろう。少なくとも伊達の若い衆は、そのように相手を貶めるようなことは言わない。外見からは想像も出来ないが、竹を割ったように潔く、そして素直な性質をしている者ばかりなのだ。青葉城に来てまだ一月にしかならないが、とてそのくらい分かっていた。政宗に連れられて一揆の鎮圧にやってきた彼らは、いつきをはじめとした村人たちをひとりも殺さないでいてくれた。伊達軍の若い人たちは、怖いけれど、いいひと。はそう感じている。
「しかも、あの一揆を率いていた首領の妹だというではないか」
「首領も幼い少女だったという・・・。恐ろしい、なんて野蛮な」
「農民は農民らしく田畑を耕していればいいものを。武器など持って、我ら武士に敵うと思うのか」
足音を立てないように歩くのは、それが姫君の所作だと教えられたからだ。存在感を出来る限り小さくしようと務めているのは、自分が厄介者だと知っているからだ。障子に影が映らないのは太陽の位置と、が同じ十二の子供と比べても小さいからだ。足を止めているのは鼓動が少し早まったからで、身体が強くない身としては落ち着いてから歩き出さないと何があるか分からないと学んでいるから。他意はない。唇を噛み締めて俯き、は藍色の着物から僅かに覗いている己の足袋先を見つめる。
「まぁ、政宗様もお考えがあってあの娘を引き取ったのだろう」
「妹が捕らわれている限り、あの村人たちももう一揆を起こそうなどとは考えますまい」
「それに政宗様には妻も子もいらっしゃらない。姻戚を組もうにも、出せる娘がいないのだから」
「あの娘を育て上げ、いずれはどこぞに嫁にやり、伊達家のために利用する。だからこそ青葉城に置いて、教育も与えてやっているのでしょう」
「しかし病を負っているとか。せめて役目を終えるまで死ななければ良いが」
「今までの施しが無駄になりますからなぁ。せいぜい姫君らしく育ってもらいたいものだ」
男たちが笑っている。分かっている。は己に与えられている処遇を、確かに正しく理解している。
一揆を制圧しに来た政宗は、結局特に沙汰もなくいつきたちを許した。村を直轄地にし、米を領主ではなく奥州に納めさせることで圧政から解放してくれた。おまえたちの苦しみに気づいてやれなくて悪かった。そう政宗が頭を下げたとき、いつきは呆然としていたし、も扉を隔てた家の中で愕然としていた。こんな武士もいるのかと、目から鱗が落ちる思いだった。けれど、一揆は一揆だ。武器を手に立ち上がり、たてついた事実は消えない。首領の首でも取らなければ奥州筆頭の面目も保てないだろう。いつき自身もそう分かっていたし、もだからこそ隠れていろと言われた家から飛び出して陳謝した。
いつきは悪くありません。画策したのは、すべてわたし。一揆を企てたのはわたしであって、いつきはただ実行に移しただけ。すべての責はわたしにあります。ですからどうか、罰はわたしに。
雪の中に構わず膝を付き、頭を下げた。、といつきが叫んでいたけれども、実際に襲撃や迎撃の委細を練ったのはだったから、この主張は間違っていない。それに、そう遠くないうちに病に散り果てる命なのだ。だとしたら、今ここで使えるのは行幸だ。死ぬのなら、誰かの役に立って死にたかった。
「・・・・・・戻らなくちゃ。三味線のお稽古が、まだ終わってないもの・・・」
静かに、やはり足音を立てずに歩みを再開する。男たちの嘲笑めいた会話は終わりが見えず、波打つ心の蔵も未だうるさい。それでもは足を進めて、その場から離れた。姫君になり、伊達の役に立つこと。それが自分に与えられた使命であり、巡り巡っていつきの、誰かのためになるだと分かっている。だからこそ今日も少女は、姫君としての作法を学ぶ。





身に、余る、光栄にございます・・・。
2009年12月6日