01.とてもナイーブないきものです
「様、ご起床のお時間です」
「・・・はい。ありがとうございます」
襖の向こうにある影が、静かに朝の訪れを告げる。室の主である小さな少女は、今日も今日とてしっかりとした言葉でそれに答える。失礼いたします、と断ってから女中が襖を開くと、爽やかな朝の空気が隙間を縫って入り込む。寒いが、心地よくて嫌いではない。けれど女中はすぐに襖を閉じてしまった。朝日は閉ざされ、日が高くなり早朝の涼しさが消えるまで、この部屋の襖が開かれたままになることはないのだ。今は皐月。奥州の朝晩は、まだ寒い。
「ご気分の方は如何ですか? 昨晩は冷えましたでしょう? 気だるさなどは御座いませんか?」
「はい、大丈夫です。昨日はお布団を一枚多くいただいたので」
「それは良う御座いました」
にこりと微笑み、けれど女中は「失礼いたします」と再度断り、布団の上で上半身を起こしている少女の額に指先を伸ばした。前髪を優しく払い、手のひらを押し当てる。毎朝行われる行為に、少女はいつだって目を伏せてそれをやり過ごす。
「お熱も御座いませんね。それでは、お着替えに致しましょうか」
「はい。お願いします」
少女が立ち上がり、布団から出る。そうすると女中はあっという間に掛布を畳み、敷布団を持ち上げて押入れの中に閉まってしまう。座布団に座りなおした少女は、おとなしく目の前に広げられる鮮やかな着物を眺めていた。用意されるものは日々異なるが、それでも色は青ばかりだ。特に藍に近い、見たこともない深海を思わせる青。柄は花であったり流水であったり、時に蝶や鶴が舞い、竜が踊る。触れずとも分かる豪華な着物を、女中は慣れた手つきで少女に着付ける。大きさは子供用のもので、けれどそれでも余ってしまうから帯は何時だって特注だ。銀と金、抑えて黒を混ぜた帯を締め、その上から打ち掛けを重ねる。ようやく人並みの体格になった少女を座布団におろし、女中は化粧箱から櫛を取り出す。
「様の御髪は、いつもお綺麗で見惚れてしまいますね」
「そんな・・・・・ありがとう、ございます」
あどけない声と共に、耳の端が朱に染まったのに気づいたのだろう。女中は顔を綻ばせ、丁寧に少女の髪を梳いていく。肩を過ぎ、背の中ほどを過ぎようとしている髪は、ほんの一滴だけ空の色を足らしたような、薄い水を帯びた銀色だ。青い着物に良く映えるそれを持つ者は、この奥州広しといえど少女と、少女の双子の姉くらいのものだろう。絡むことなく流れる髪の端をこれまた青の紐で結い、出来ましたよ、と女中が告げる。小さな手鏡を渡されて、そこに映る自身を見とめて、少女は「ありがとうございます」と礼を述べる。
青葉城の奥まった小さな離れで、少女は今日も寝起きする。それが少女に与えられた境遇であり、そして受け入れた処遇だった。細く稚く、幼い少女の名は。先だって本州の最北端で起こった農民一揆の首領、いつきの双子の妹だった。
政宗様の居城を、青葉城に設定しています。
2009年12月6日