彼女と彼女の恋人のロードレースの話





東堂尽八は小学校四年生のときに自転車競技と出逢った。もちろんそれまでにも自転車には乗っていたが、小学校三年生のときに初めて、本格的なロードバイクと出逢ったのである。与えてくれたのは父親だった。おもちゃ感覚だったのだろう。タイヤのやけに細い自転車はバランスを取るのが難しくて、けれども踏めば踏むだけ進む点が面白かった。生まれ育った箱根の土地柄、自然と山坂を登るのが得意になった。ロードバイクは東堂にとって、遊びとスポーツの合間に存在するものだった。これ以上に面白い乗り物はないと思っていた。
けれど東堂は覚えている。記憶にある限り、最も古い喧嘩の記憶だ。歳が三つ離れているけれども、親同士の関係で一緒に遊ぶことの多かったがある日、言ったのだ。嫌い、と。自転車なんか嫌い、と。意味が分からなくて東堂は首を傾げて理由を問うたけれども、が話すことはなかった。頑なに口を噤む彼女に腹が立ち、勝手にしろ、と言い捨てて、東堂はロードバイクに乗って箱根の町を駆け抜けた。見慣れたはずの景色がロードの上だと別物に見えて、楽しくて楽しくて堪らなかった。
そうして夜、暗くなった道を辿って帰った自宅の旅館で、東堂はがまだ家に帰っていないと知らされた。あんた一緒に遊んでたでしょ、どこにいるか知らないの、と母親に問われて、知らないと思うよりも先に「まさか」と思った。仕舞ったばかりのロードバイクを引っ張り出して跨り、東堂は必死にペダルを回した。まさか、まさか、と焦燥に駆られながら夜の道を走り、そうして辿り着いた公園にはいた。勝手にしろ、と東堂が怒鳴りつけたときのまま、彼女は公園のベンチに座っていた。闇の中にひとり、ずっと。
。そう名を叫んで近づき、ロードバイクを降りた。何でまだここに、とか、ひとりで何やってたんだ、とか、いくつも言葉を連ねた気がする。けれども反応は返されず、東堂は途方に暮れてしまった。とにかく今は帰るのが先だと思ったから、手を差し伸べた。ほら、と言って。帰るぞ、と言って。まだ小学生になったばかりの小さな手を、ぎゅっと握った。
そのときにが言った言葉を、東堂は生涯忘れることはないだろうと思う。――ごめんね。そう言っては笑った。街灯に照らされ、真っ白な顔で、それでも彼女は笑ったのだ。
当時の東堂には、それがどんな意味か分からなかった。迷惑かけてごめんなさい。そんな意味なのだろうと勝手に思っていた。けれども成長し、恋人となり、物理的にはともかく、精神的に近しい距離にいるようになって、それは間違っていたのではないかと薄々感じ始めている。あのときは、様々なものを諦めたのかもしれない。例えば東堂が自転車に乗ることだとか、乗ってを置いていくことだとか、振り向かずに行かれてしまうことだとか。そういうすべてに見切りをつけて、諦めたのかもしれなかった。だってそれ以来、は東堂が自転車に乗っても何も言うことがなくなった。嫌い、という言葉もあれ以来一度も聞いていない。でも、それでももしかしたら、今尚彼女は自転車が嫌いなのかもしれないと、東堂は思う。ならばそれは自分の所為だとも。ひとりにしてしまった、その所為に違いない。
そう思っているのに東堂はをレースに呼ぶことを止めない。これはもはや完全なる我儘だと自覚している。自分の好きな自転車を好きになってもらいたいだなんて、そんなことは思わない。けれどせめて東堂尽八という男だけは嫌わないでいてくれと、そう乞うて仕方がないのだ。東堂は、自分の存在のすべてにおいてに存在してほしいと思っている。物心がついたときには傍にいて、すべてを分かち合ってきたのだ。今更距離を置くなんて耐えられない。東堂は、に自分のすべてを見て欲しかった。このすべてでおまえを愛しているのだと、そう伝えたい。
レースで、大概が山岳リザルトポイントか、もしくはゴールか。その付近で観戦している彼女を、一度たりとも見逃したことはない。手のひらを握り締めて、眉間に皺を寄せ、固く唇を閉ざして、その口は東堂の名前も呼んでくれないし、勝ってとも、頑張ってとも言ってくれない。それでも東堂にとっては、そこにがいてくれるだけで良いのだ。それ以上の応援はないと知っている。
東堂は自転車を降りない。けれども、が一言だけでも胸の内を打ち明けてくれたなら、彼女を載せてどんな山坂だって登るつもりだ。きつい坂でも、険しい道でも、彼女がいてくれるのならどこまでだって走っていける。彼女が迷惑だからと降りようとしても、その腕を引き止めて膝に抱えて走り続ける。泣き喚いたって殴られたって手放しはしない。東堂にとって、はいて当たり前の存在だからだ。
――今も覚えている。東堂が初めてロードバイクにちゃんと乗ることが出来るようになった日。花のように笑って、は言ってくれたのだ。じんぱちくん、かっこういい、と。それが東堂がロードバイクを始めた切っ掛けであり、すべてだった。





だから俺は自転車に乗ったんだ。今となってはすべてではないが、最初はおまえの一言のために。
2014年4月20日