彼女の恋人の主張の話
「いや俺とて罪悪感がないわけではないのだ。は中学に上がると同時に俺と付き合い始めたわけだから、他の男を全くもって知らない。つまりにとって異性=東堂尽八という公式が成り立ち、他の男の入る余地がない。そうして彼女の可能性を潰してしまったことは流石の俺でも罪悪感を抱かずにはおれん」
「荒北さーん、東堂さん何話してるんですか?」
「放っとけ。いつものことだ」
夕食も食べ終わり、寮生たちがそれぞれ好き勝手な時間を過ごしている最中、談話室でひたすらに話している東堂を指さし、真波は首を傾げる。そこらへんにあった誰のものとも知れない雑誌を眺めている荒北は、すげなく一刀両断して相手をしてやる気もないらしい。ふーん、と真波はソファーに腰かける東堂を振り返る。
「東堂さんの彼女さんって、確か中学三年生ですよね? 付き合い始めたのは東堂さんが高一になる前だっていうから・・・じゃあ、そのとき彼女さんって小学生?」
不思議チャンと荒北に称される真波は、あえて空気を読まないのではなく、至って純粋に空気が読めない人間だった。だから彼は率直に問うた。
「東堂さんってロリコンなんですか?」
うわ聞いた、と思ったのは談話室にいた他の面々だった。寮は運動部に属する生徒が多く所属しており、毎日寝食を共にしているのだから自然と全員が顔馴染みになる。故に彼らは東堂が恋人を溺愛していることを知っており、イケメンに彼女がいるなら他の女子は取られなくて良かった良かった、と思っていたりするのもまた事実だった。そしてそのイケメンが、机を叩いて反論を試みる。
「違う! 違うぞ、真波! 俺は断じてロリコンなどではない!」
「えー? でも小学生の女の子と付き合ってたんでしょう?」
「あのときのはすでに小学校を卒業していたからセーフだ! それでもなお俺をロリコンと言うのならば、こう答えてやろう! この東堂尽八、『Yesロリコン、Noタッチ』だ!」
ここに千葉在住の某アキバ系クライマーがいたのなら、「生でこの台詞を聞けるなんて!」と感動もひとしおだっただろう。しかし実際この場にいるのは小野田ではなく真波で、この不思議系後輩は我が道を突っ走ることに定評があった。クライマーってのはこういう生き物ばっかかヨ、と荒北が匙を投げるくらいにはマイペースな人物である。
「キスもしてないんですか?」
「キスはした。もちろんが中学生になってからだが」
「深いやつ?」
「ふっかいやつだな」
「わぁエッチ! ムラムラしないんですか?」
「それはこの山神とて男である以上当然もよおさないわけでもないが、そこらへんをぐっと堪えるのがまた男であるというもの」
「テメェらそんな話すんなら部屋でしろよ、部屋で」
男子寮である以上下ネタとは切っても切り離せないが、何が悲しくてチームメイトの性事情を赤裸々に語られなくてはいけないのか。荒北が嫌そうに顔を歪めても、東堂と真波がソファーから動く気配は微塵もない。自分が部屋に戻った方が早いのだが、ここで立ち上がるのも何だか負けた気がして、荒北は乱暴に雑誌のページをめくった。
「まぁともかく、俺はのあらゆる点において『初めての男』になっているわけだが、彼女の視界を塞ぐことに罪悪感は覚えてもそれを後悔するつもりはない。が俺ではない他の男と並び立っている姿を見るくらいなら、罪悪感くらいいくらでも背負うつもりだ」
つまり東堂にを手放す気は毛頭ないということである。うーん、と真波は首を傾げた。
「でもそれ、東堂さんにも言えることじゃないんですか? その彼女さんより、もっと東堂さんに合う人がいるかもしれないじゃないですか」
「いないな! それは完全に断言できるぞ! 過去に試しに別の女子と付き合ってみたこともあるが、それも結果としてへの愛を再認識することにしかならなかったからな!」
「アァ? それ初耳なんだけど」
彼女一筋の東堂の初めて聞く別の異性の話に、荒北もつい釣られて口を挟んでしまった。どういうことだ、と問い詰めれば、東堂はさもどうでも良いことのように肩を竦める。
「物心ついた頃からばかりが愛しかったのでな。果たしてこれは恋なのか、それとも妹のような存在に向ける親愛なのか、判断に困ったときがこの俺にもあったのだよ。故にちょうどそのとき告白してきた学年一の美少女と試しに付き合ってみることにした。中二のときの話か」
「おまえ、そのうち刺されるぞ。むしろ刺されろ」
「ワッハッハ、刺されはしないな! 何故なら俺はだけを愛しているからだ! その女子とも三日で別れた!」
「どうしてですか?」
「一緒にいてもつまらなくもないが楽しくもなかったからな。ましてや自ら触れたいとは欠片も思わなかった。顔は美少女であったし、スタイルも中二にしては良かったんだが、どうにも食指が動かなかった。それで気が付いたのだよ。俺が自ら抱き締めてキスをしたいと思う相手はだけだということに」
つまり真正である。何となく荒北はそう思って少しばかり引いてしまった。東堂と件の少女は幼馴染で、互いに実家が旅館とホテルを経営していることから、物心ついた頃には一緒に遊ぶ仲だったと聞いている。三つ子の魂百までなのか、ひよこの親鳥に対する擦り込みなのか。荒北には到底分からないし、分かりたくもない。しかし東堂がを心底愛し、眼に入れても痛くないくらいに可愛がっていることだけは否が応でも分かってしまう。部活に支障を出すような男ではないから、荒北としてはどうでも良いのだが。
「ってことは、東堂さんってまだ童貞?」
「おまえだってそうだろう。言っておくがフクだって童貞だぞ。まぁ、新開は違うだろうがな」
「荒北さんはどうなんですかー?」
「うっせ! テメェらに話す義理はねぇヨ!」
「荒北も俺たちと同じだな。この山神が言うのだから間違いあるまい!」
吐き捨てるが、これで躍起になって否定しようものなら藪蛇となるのが簡単に予想出来て荒北はぐっと言葉を飲み込んだ。東堂はその軽薄な言動に反して非常に頭が切れる。口喧嘩で荒北は彼に勝てた例がなかった。そして更に言うのならば荒北は東堂の予想通りセックスの経験がなかったので、これはもう黙っておくしかなかったのである。しかし言い訳をさせてもらえるのなら、平日の放課後は部活ばかりで終われば寮生活で、土日も部活で潰れるような生活をしていて、恋人を作ることが出来る方が可笑しいと荒北は心底思う。断じてこれは悔し紛れの思いではない。
「他の女子を抱いてを悲しませるくらいなら、俺は生涯童貞でも構わんよ。好きでもない女を抱くなど考えたくもないな!」
「そこまで言う東堂さんの彼女、ちょっと見てみたいです。写真とかないんですか?」
「無論あるとも! よし、せっかくだからおまえにも見せてやろう!」
慣れた手つきで携帯電話を取り出し、操り始める東堂の手は淀みない。朝昼晩と恋人にメールを送り、電話をし、週に三回のペースで巻島にも連絡を入れているのだから、目を瞑っていても操作出来るくらいになるだろう。黙っていればクールな美貌に愛しさを前面に押し出し、けれども眉間に皺を寄せて「これにするか・・・。いや、可愛すぎて真波が惚れてはいかんな。ならばこっち・・・。いやはどの写真も可愛いから困る・・・」と呟いている様をファンクラブの面々が見たらどんな反応を示すのだろうか。荒北にとっては出逢ったときには東堂はすでにこうだったため、今更驚くも何もないのだが。写真を定めたのか、よし、と東堂が声を挙げる。
「とくと見るがいい! だが惚れてはくれるなよ! これが俺の生涯の伴侶であるだ!」
「わーい」
突き付けられた携帯電話の画面を、真波が身を乗り出して覗き込む。荒北はちらりとそちらを見やったが、すぐに雑誌に視線を落とした。そうして聞こえてきた真波の感想は、くしくも荒北が例の少女の写真を始めてみせられたときに示した反応と同じものだった。
「あ、普通に可愛い」
そうだろうそうだろう、と東堂が高らかに笑う。けっ、と吐き捨てた荒北は、実のところ彼女いない歴が年齢と同じであったりするのだが、これは完全な余談である。
荒北さんは、野球→故障でぐれる→ロードを始める、なので彼女を作る余裕がなかったのかと。
2014年4月20日