まだ見ぬ彼女の恋人の話





私立箱根学園三年、自転車部副部長、東堂尽八。「登れる上にトークも切れる! 更にこの美形! 天は俺に三物を与えた!」と豪語する彼は、まぁ何だ、一部の反論を呼びながらも、実質その宣言通りの男でもある。クライマーとしての実力は、王者箱根学園でレギュラーを獲得していることからも証明出来よう。トークが切れるかどうかはさておき、うるさいとチームメイトに叱責を食らうこともしばしばあるが、初対面の相手にも怖気づかずに話しかけていくコミュニケーション能力の高さは認めざるを得ない。容姿に関しては好みもあるだろうが、大抵の異性は嫌いではない顔立ちだと思われる。黙っていれば涼やかな美貌のイケメンだ。しかし東堂は喋ってこその東堂であり、うるさくはあれど周囲を良く見ていて、先を読んで立ち回ることも少なくはない。男女共に分け隔てなく接する性格は人徳を呼び、集団の中心になるのが当たり前のような男だ。つまり一言で纏めるのなら、東堂は人気者だった。箱根学園で彼を知らない者はいないかもしれないというレベルの知名度だった。
しかしそれと同時に、彼は恋人所持者としても有名だった。彼女がいると公言しておきながらもファンクラブを結成されるところに東堂の人気ぶりが窺えるが、彼はあくまでファンはファンとして大切にし、愛しているのは恋人ひとりと明言している。時折告げられる女子生徒からの告白に、返される言葉は常に同じだ。
「君の気持ちは嬉しい。だが、すまない。俺にはすでに愛している人がいる。彼女と別れる気はないし、それどころかゆくゆくは結婚し、子供を成し、幸福な人生を送った後に同じ墓に入るつもりだ。俺のすべては彼女のものだ。故に君の気持ちには応えられない。すまんな」
この純愛を貫く姿勢がまた東堂の人気に拍車をかけているわけだが、本人にしてみれば当たり前のことを告げただけでなので自覚はない。けれども件の恋人がどこの学校のどんな人物なのかは、未だ謎に包まれていた。寮生などは東堂が電話している姿を多々目にしているため、恋人が実在することは確認しているけれども、姿を見たことがある者はいなかった。故に噂ばかりが独り歩きしているのだが、東堂がそれを気にすることはない。
東堂尽八の最愛の恋人、。彼女の存在は東堂と親しい自転車部の極一部の人間しか、詳細を知らないのである。





とある観光地、箱根の話。
2014年4月20日