彼女と彼女の恋人の話
気になり出したら止まらない。意外に視界が狭いな、柳は。そう笑ったのは幸村だったか。とにかく知りたいと思ったら最後、そのままにしておくことが出来ないのが柳蓮二という男だった。だから柳は問うた。翌日、朝練後の教室で。ホームルームまでの時間を賑やかに過ごしているクラスメイト達の中、隣の席に座る彼女に向かってストレートに聞いた。
「は恋人がいるらしいが、それは本当か?」
嘘を吐くような人物ではないと思っているが、確認は大事だ。おはよう、と挨拶した直後に唇に問いを載せれば、はぱちりと目を瞬いた。うっすらと唇を開き、呆気に取られている。彼女の前の席に座っていた親友の桑嶋アデルは、テグスにビーズを通す手を止めて、胡散臭い眼差しで柳を見てきた。
「・・・、話したの?」
「・・・ううん。柳君、何で知ってるの?」
「すまない。昨日、が告白されているのをたまたま聞いてしまった。テニス部の部室の裏だっただろう?」
「ああ、うん」
警戒感をあらわにするアデルに、しまったな、と思いながらも柳は速やかに理由を説明した。そうすれば不可抗力だったと、ふたりも理解してくれたのだろう。アデルは変わらず眉間に皺を刻んだままだが、は納得したように頷いた。
「それで、恋人はいるのか?」
「・・・とりあえず柳君は、その手に持っているシャーペンとノートを手放すべきだと思う。自分の恋愛話を記録されて嬉しい女の子はいないよ」
「そうか。そうだな。無粋で済まない」
スタンバイしていたノートを閉じ、柳はペンを手放した。その頃になればアデルもビーズを紡ぐ作業に戻っている。細い指先が器用に動き、長さの違う白のビーズを組み合わせることで作っているのはシロツメクサだろうか。見れば、机上にはすでに完成したパンジーの花が四つ置いてある。そういえばと桑嶋は家庭科部だったな、と柳は思い当った。調理や裁縫を主活動とする彼女たちは、クラフトワークが趣味なのだろう。
「それで答えは?」
しつこく食い下がれば、は眉を下げて笑った。仕方がないなぁ、とまるで子供の駄々を見守るような顔を向けられ、柳は思わず目を瞠る。異性にそういった反応を向けられることは余りないからだ。
「秘密にしてくれる? 隠してるわけじゃないけど、大勢の人に知られたいわけじゃないから」
「ああ、約束しよう」
「じゃあ話すけど。・・・いるよ」
彼氏、と心持ち抑えた声で紡ぎ、が笑った。花も綻ぶとはこういうことを言うのだろうな、と柳は思う。は目鼻立ちは整っているが、感情を大きく露わにすることがないからか、一見して美少女という印象がなかった。だが、今の笑顔には柳でさえ「ほう」と心中で感嘆するような花があったのだ。可憐とでも表すればいいのか。恋をすると女は綺麗になると言うが、これがまさにそうなのだろう。なるほど、恋人がいるというのは本当らしい、と柳は心中でメモを取った。
「それは二年前に付き合っていると言っていた恋人と同一人物か?」
問いを重ねれば、アデルからの視線がきつくなる。彼女はフランス人の母親を持つ派手な顔立ちの美人なので、睨み付けられると迫力がある。逆には失笑した。
「それも偶然?」
「ああ。同じ断り文句だったからな。二年前と言えば、俺たちは中一だ。その頃に恋人がいる者もいなくはないが、そう多くはない。だからこそ中三になっても交際が続いているのだとしたら凄いな、と思ったんだ」
「うん。そうだよ、同じ人」
「そうか。詳しく聞いてもいいだろうか?」
黙々とシロツメクサを作成しているアデルから、またしてもきつい睨みが飛んでくる。そうだなぁ、とは笑いながら小首を傾げた。
「話してもいいけど、逆に柳君の恋愛話も聞かせてくれるなら」
「・・・悪いが、期待に副えそうなエピソードがないな。と違って、俺はずっと独り身なんだ」
「好きな人とかいないの?」
「今はテニスが恋人だ」
「もてる男の常套句だね」
隣の席の住人として今までも会話したことはあったが、こういう人物だったのか、と柳は認識を新たにした。自意識過剰と言われても仕方がないが、強豪テニス部のレギュラーとして、異性からは黄色い声を送られることの多い身だ。けれどは恋人がいるからだろう。柳に向けてくる眼差しには、ただのクラスメイトへの気遣いしか臨めない。話してみれば言葉に詰まることもなく、流れるように返事をする。声は高くもなく低くもなく心地良くて、穏やかな物腰は酷く柳の性に合うものだった。つまり好ましかった。柳にとって、という少女は。
担任が教室に入ってくる。が手際よく手伝ってビーズをしまうと、アデルは自身の席へと帰っていった。その際にまたしても一睨みを頂戴したが、柳は肩を竦めてそれを交わす。アデルは男子テニス部の面子を好きではないようだから、仕方がない。一部の女子には嫌われることも意外にあるので、今までは刺激しないよう適度な距離を取ってきたのだが、今回は無理そうだ。隣を向けば回されてきたプリントを手に取っていたと目が合い、柳は薄く笑う。友達になれそうな予感のする異性は、彼にとって初めてだった。
付き合っては別れる、恋に恋する者の多い年代で、ひとつの想いを貫く姿勢に興味を引かれた。
2014年4月20日