彼女と俺の好奇心の話





伝統ある立海大附属中の中でも、男子テニス部は特に全国屈指の強豪として一目置かれている。その部室は部室棟の端、テニスコートに最も近い位置に据えられており、日当たりも良く中々の広さを備えていた。入れ替わり立ち代わり部員たちが着替えてはコートへ、あるいは家路へと向かう。その数多い部員たち中で、最も部室にいる時間が長いのは柳蓮二だった。元より柳はデータを集めることを得意とし、参謀的な役目を仰せつかっている。今は部長の幸村が闘病生活から復帰して指揮を執り、副部長の真田がそのサポートをしているから尚更だ。他校のデータだけでなく、自校の選手の記録を纏めて幸村たちに献上するのが仕事と考え、柳は日々練習を終えた後も部室に残り、情報整理に精を出していた。
だからだろうか、柳はこの男子テニス部の部室を誰より良く知っていた。他の部員たちは知り得ないことも知っていた。ジャッカルのロッカーまで侵食している丸井の駄菓子の量だとか、切原のロッカーの奥に丸めて隠されている英語の十八点のテスト用紙だとか、柳生と仁王が何故か互いのロッカーの合鍵を所持しているだとか。様々なことを柳は知っており、そしてこれもそのひとつだった。僅かに開かれている窓の向こうから、一組の男女の声が聞こえてきている。
「・・・ずっと、好きだったんだ。俺と付き合ってほしい」
男子テニス部部室の裏は校舎と部室棟に挟まれた空きスペースで、春になれば桜の咲き誇るその場所は、立海の隠れた告白スポットだった。はて、これで何回目か。出歯亀する趣味など柳にはないが、聞こえて来てしまうのだから不可抗力だ。しかし、ふむ、と柳は手にしたシャープペンシルを顎へと当てた。記憶が確かならば、この声は陸上部の副部長のものだ。同学年で、柳も生徒会の関係で何度か話しをしたことがある。爽やかで誠実で顔立ちも悪くなく、派手に騒がれはしないものの彼を嫌う女子生徒はいないだろうと思われるタイプだ。そんな彼が告白とは、如何な柳でも相手が気になる。一体誰だ、と柳は脳裏で予想を立てた。同じ陸上部で仲が良いという林田か、委員会で一緒の美人と名高い吉田か、あるいは彼のことを好きだという噂のある後輩の瀬野か。思考をめぐらす柳の耳に、返答を告げる女子生徒の声が届く。
「・・・ごめんなさい」
その耳触りの良い声に、柳は思わず開眼した。
「付き合っている人がいるので、彼のことが好きなので、応えられません。・・・ごめんなさい」
覚えのある声は、柳のクラスメイトの、更に言えば隣の席の少女のものだった。。名と姿を思い浮かべると同時に、柳の記憶が蘇る。振り返れば一年の頃、柳が初めて告白シーンに立ち会ってしまったときも、相手はだった。今耳にした台詞と一言一句違わぬ言葉で、あの日も彼女は断りを述べていた。
その日初めて、柳は隣席の少女に興味を覚えた。正しくは尋ねるだけの好奇心という名のモチベーションが、彼の中に湧き上がったのである。





すべての始まり。
2014年4月20日