788,918,400回のプロポーズ
「残り時間十五分か・・・。ふむ、予想より早く説明が済んでしまったな。このまま終わりにしてもいいが、せっかくだから俺の話でもひとつ聞いてもらおう。何、試験には出さないから流してくれて構わない。先日、友人が結婚した。新郎新婦ともに中高同じ学校、つまりはここ、立海出身なのだが、とりわけ俺と親しかったのはやはり新郎だな。テニス部の仲間として六年間ともに切磋琢磨し、勉学や読書などの趣味においても共通点が多く、今でもよく連絡を取り合っている男だが、そいつがついに結婚した。相手の女性のことも俺は友人だと思っているし、さすがに二十数年来の付き合いだから、あっちも俺を友人だと思ってくれているだろう。しかし問題はそこじゃない。俺の友人の男は、彼女に長いこと片想いをしていた。俺の知る限り、中学一年生、つまり十三、いや、あいつは十月生まれだから十二か。十二歳の頃から、奴は彼女のことが好きだった。ちなみに俺は来月で三十七の誕生日を迎える。同じ年だから十二歳から三十七歳まで二十五年間、奴はずっと彼女に片想いをしてきたということになる。四半世紀だ。流石に俺も奴の恋がここまで長引くとは予想していなかったが、これは奴の執念深さが成し遂げた結果だろう。いや、純愛と呼ぶべきなのか。奴は成績が優秀で、試験だけでなく授業態度も非常にまじめ、運動神経はテニスだけでなくすべてにおいて良く、教師の覚えがいい、まさに模範生と呼ぶに相応しい生徒だった。眼鏡をしているから分かり辛いが、顔の造作も整っており、長身に無駄なくついた筋肉、そして長い手足。物腰は穏やかで、男女分け隔てなく親切に接し、けれど内に激しさや厳しさも秘めている、紳士と呼ばれるに足る男だった。もちろんそれは今でも変わっていないし、医師という職についた現在では更に魅力が増していると言っても過言ではないだろう。そんな女性に好かれそうな、実際に非常にモーションをかけられていた男の、二十五年間もしていた片想いがようやく実ったんだ。俺たちテニス部の仲間たちは自分のことのように喜んで祝福を送った。正直な話、彼女も落ちるならばもっと早いだろうと俺は予測していたし、あるいは落ちないならば一生落ちないだろうと考えてもいた。だが、『一念岩をも通す』とは、まさに奴のことだな。愛した彼女に相応しい男になるため、奴は努力を続けた。そうしてずっと彼女の隣に居続け、迷惑にならないぎりぎりのラインを見定め、常に彼女を支え、時に導いてきた。男と女の関係を求めて口説き始めたのは、おそらく奴が医大を卒業してからだろう。自分の力で相手を養えるようになるまでは容易く背負うなど口に出来ない、そう考える様な男だ。まぁ、そこからスタートしても十年だ。彼女も奴が自分に好意を寄せていることなど、それこそ中学の頃から知っていただろうし、本気で口説かれて十年、やっと観念したらしい。非常に困った表情を浮かべながら、『もう知らん』と言って俯かれ、それがイエスの返事だと分かるのも奴くらいのものだろう。それくらい奴は彼女のことを見続けてきたし、愛し続けてきた。結婚式は身内だけのささやかなものだったが、奴は嬉しそうだったし、彼女も幸せだったから十分なのだろう。今までの分も含めて充実した新婚生活を送ってくれることを祈るのみだ。・・・さて、そろそろちょうどいい時間だな。ああ、言い忘れていたが新婦の旧姓は仁王という。先日、海外の映画祭で助演女優賞を取ったくせに『家庭に入るから引退する』なんて言って消えた、あの仁王だ。先述の通り彼女は俺の友人がそれこそ一生、命を懸けてでも幸せにするだろうから心配はいらない。もしこのクラスに仁王のファンがいたら、是非とも引退を祝福してやってくれ。以上、本日の講義はここまでとする。解散だ」
あくまで「もしも」な可能性のお話。ヒロイン仁王ちゃんは、今は柳生医院の受付をやってます。
2012年4月14日