君と未来





歓声が上がり、勝敗は決した。滝のように流れる汗を、一度眼鏡を外して拭い、かけ直して柳生はベンチへと戻る。送られる拍手は温かい。足を止めて柳生は幸村の、チームメイトの前に立った。
「・・・すみませんでした」
頭を下げた彼の肩を、丸井がぽんと叩いて擦れ違う。
「気にすんな。俺らが勝って優勝を決めるぜ」
「ああ。任せとけ」
ジャッカルも柔らかく笑い、お疲れ、と労ってコートへと入っていく。青学のダブルス1はやはり大石と菊丸のゴールデンペアで、仁王の予測の正しさが、ここまでは見事に証明されている。しかし、柳生は負けた。勝負は拮抗し、素晴らしい試合だったが、それでも柳生は負けたのだ。
「いい試合だったよ。柳生の新たな可能性も十分に示してもらった。ダブルスの方が得意かと思っていたけど、シングルスもまだまだ強くなれそうじゃないか」
「ですが、負けは負けです。制裁を」
「加えるのは俺たちじゃない。殴ってもらいたい相手は別にいるだろう?」
息を呑み、柳生が僅かに表情を強張らせる。幸村は笑って立ち上がり、その腕を軽く叩いた。
「行っておいで。立海の全国三連覇が果たされる瞬間を、そんな情けない顔で迎えるのは許さない」
「・・・幸村君」
「みんなで笑って全国制覇だ。いいね?」
「・・・はい。ありがとうございます」
失礼します。頭を深々と下げてから、柳生はラケットを置いて客席の間を抜けていく。試合中だというのにベンチを離れる姿に、流石の真田も今だけは叱責を飛ばさなかった。柳生は一目散に最上段をめがけて駆けていく。コートでは丸井とジャッカルの試合が始まる。仁王は彼らの前に、シンクロを披露してみせたはずだ。ならばこの試合も十分な勝機がある。歓声と共に審判がサーブをコールした。
仁王は、客席の最上段にいた。まばらにいた他のギャラリーも、試合が白熱するにしたがってコートの近くの席へと移動してしまったのだろう。華奢な姿はぽつんとそこにあって、行儀悪く前の席の背もたれに足を乗せて、膝に肘をついて仁王は試合を観戦している。流れる汗を拭うこともせずに、柳生は彼女に近づいてしまった。一段、二段。三段離れた下の位置から、深く頭を下げる。本当は土下座すらしたい気分だった。想いを寄せる少女に対して、こんな態度しか取ることの出来ない自身の失態が情けなかった。
「すみませんでした」
絞り出す声は、震えた。仁王は柳生に、不二のカウンターをすべて見せてくれた。不二が先ほどの試合中に編み出したという「星花火」ですら、彼女は柳生に披露してくれたというのに、それでも勝てなかったのだ。不徳の致すところ。そんな言葉が脳裏を過ぎったけれども、言い訳をするつもりはない。空気が揺れ動いて、仁王が足を下ろしたのが何となく分かった。スカートの衣擦れの音がする。殴られても良かった。殴ってほしかった。何で勝てなかったのだと、思い切り詰って欲しかった。
「なして謝るの?」
「・・・貴女に、すべて見せてもらっていたのに、それなのに勝てませんでした」
「最後の一球は風の仕業じゃ。誰にも読めんかった」
「それでも、私は自然すら味方につけるべきでした。せっかく仁王君が私に、私たちテニス部に力を貸してくださったのに」
それなのに私は、恩に報いることが出来なかった。自嘲した柳生は、仁王が立ち上がる気配に釣られて顔を上げてしまった。コートを見守っていた瞳が、今は優しく柳生を見つめている。審判が丸井とジャッカルのポイントをコールしたけれども、その歓声も緩やかに遠く聞こえなくなっていく。柳生の目の前に立つ仁王は、ただただ優しく、そこに在ってくれた。
「やぎゅうさん、格好良かったぜよ。じゃからもう、ええんじゃ」
「仁王、君」
「ありがとうな。やっぱりシングルス2は、やぎゅうさんに任せて良かった」
「・・・すみません」
「うん。でも、ありがとうな。・・・ありがとう、な」
眉を下げて、仁王は笑っているはずなのに、どうしてかとても泣きたそうだと柳生は思った。彼女の心がどこにあるのかなんて柳生には分からなかったけれども、苦しんでいるのだと、悲しんでいるのだと、それでも諦めてしまっているのだと、何故か察することが出来てしまった。手を伸ばしてしまいたい。その頬に触れて、泣いてくださいと言ってしまいたい。だけどそうする資格が今の自分にはないことも柳生には分かっていた。試合に負ける様な己ではいけないのだ。もっと、仁王を包み込んでしまえる、心身ともに強い男にならなくては。
「でも、これでもし立海が勝てんかったら殴らせんしゃい」
「もちろんです。どうぞ、遠慮なく殴ってください」
浮かべた笑みが不格好でないことを柳生は心から祈った。いつか、このひとの隣に立てる男に。敗北の悔しさを胸に、柳生は誓う。





丸井&ジャッカルが勝利して、立海の三連覇達成。しかし消化試合のシングルス1でリョマさんに負けたものだから、幸村様にとっては不服の全国制覇となりました。
2011年1月16日