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3.企画立案運営サイド
部活の中心が二年生になったため、三年生が部活に参加はすれど遠慮するようになるのはどこの学校でも同じだ。それは俺様何様跡部様が在籍する氷帝学園でも変わらず、むしろ跡部は自身の影響力の大きさを知っているからこそ自ら部活に顔を出すことを良しとしない。宍戸は後輩を鍛えるために部活に出るし、向日も同じく一年生たちにダブルスを教えているらしい。そうすれば忍足が連れてこられるのは当然で、滝は事務作業の引き継ぎのためにやはり週に二度くらい顔を出す。ジローがコート脇のベンチで寝ているのは引退前から変わらずだ。しかし彼らは部室をずっと占拠するような真似はしない。ただでさえ氷帝は部室が正レギュラー用、準レギュラー用、一軍用、二軍用、三軍用と別れているのだ。三年生がずっと居座ってしまっては、後輩たちが気を使う。よって彼らが集合したのは跡部家だった。集まるときは跡部の家で。広さと使用人の数により気を使う必要のない跡部の家は、彼自身の面倒見の良さもあり、いつだて会合場所と化していた。
そしてこれは、クリスマス兼忘年会の招待状を送る少し前、つまりは企画段階の話である。
「じゃあクリスマスプレゼントの予算は各自三万円でいいな」
「意義あーり!」
「跡部、三万は高いしー。もうちょっと下げようよ」
「あーん? おまえらに合わせたつもりだったんだがな・・・。仕方ねぇ。一万でどうだ?」
「それならいんじゃね?」
「意義なーし!」
「いやいやいやあかんやろ! 友達の、しかも男へのクリスマスプレゼントに一万出すとか普通ありえへんて! 岳人もジローも何言うてんねん!」
「「えー?」」
跡部の左右でそれぞれ首を傾げる低身長組は確かに可愛らしいが、やはりふたりも氷帝だった。身軽さが売りのため小銭ケースしか持ち歩かない向日も、その家は世界を股にかける電子機器系最大手の企業、MECの創始者である。同じくジローも全国チェーン店を営んでいるACCこと「Akutagawa Cleaning Club」のご子息だ。いつもは普通の金銭感覚を有しているから忘れがちだが、彼らとて必要なときは遠慮なく投資する、所謂跡部と同じ側の人種なのである。三年で慣れたと思っていたのに、突き付けられた金持ちの価値観に忍足はがっくりと肩落として項垂れるしかない。隣の宍戸は「今更だろ」と呆れを隠さないが、そんな彼もやはり親は私立小学校の教師であり、家は裕福層に属している。忍足とて分類するなら同じだが、それにしたって氷帝の価値観はやはり「氷帝」だ。もはやそうとしか言いようがない独特の世界を形成している。
「跡部。うちならともかく、普通の中学生のお小遣いは五千円貰っていれば良い方だよ」
「五千円だと? 何も買えないじゃねぇか」
氷帝とかいて「うち」と読み、滝が笑いながら教えてやれば、跡部は信じられないと目を剥いて驚きをあらわにした。
「全員が私立ならまだしも、不動峰や六角は市立だし、四天宝寺は府立でしょう? 三千円くらいが無難じゃない?」
「・・・三千円で何が買えるんだ?」
「うまい棒三百本とか」
「あ、俺それ貰ったら嬉しー!」
「チロルチョコって今も十円で買えるのか?」
「何だそれは。菓子か?」
きゃいきゃいと盛り上がる仲間たちを余所に、ぽつんと忍足は置いてきぼりを食らったかのように孤独を感じてしまった。何でやろう。本当に心底不思議にそう思う。俺らも普通の中学三年生のはずやのに、何でこないなことになっとるんやろう。しかしここではい、と小さく挙手した彼は、昨日欲しかったハードカバーを買ってしまって財布の中身が少し心許無い学生だからだ。そうに違いない。
「男同士やし、二千円でええと思います」
「じゃあ滝の案との間を取って二千五百円?」
「消費税はどうするんだ?」
「二千五百円の消費税ってーと、えーと」
「2,567円!」
「違う」
「ちゃうな」
「いーじゃんいーじゃん! じゃあ2,567円で決定で!」
滝よろしく! ジローが元気よく振れば、はいはい、と招待状の文責を担当している滝が苦笑しながら請け負った。こんな中途半端な金額で一体何を買えばいいのか疑問だが、相手が同性だろうともプレゼント選びは少しばかり胸の躍るイベントである。何がええかなぁ、と忍足が考え始める一方で、跡部は向日と宍戸に尋ねていた。
「おい、腕時計は二千五百円で買えるのか?」
「跡部、今度百均を案内してやるよ。価格破壊だって言う方にうまい棒一本」
「上を見たらきりがねぇけどな、下にはちゃんと一円ってきりがあるんだよ」
「駅前のショッピングモールでよくね? あそこならいろいろ揃ってるし、跡部も自分の目で見て買った方がいいだろ」
「俺も行くしー!」
「はい、出来たよ。招待状の原案」
「今確認する。次の週末はフィンランドにツリーの調達に行ってくるから、その次だな。その頃には参加者の返信も揃ってるだろ」
プリントアウトされた用紙を受け取り、跡部がざっと目を走らせる。すでに招待状の用紙やデザインなどは決定済みで、後は文章だけ決まれば印刷するだけの手筈になっている。十分だ、と言って跡部が滝に用紙を返した。じゃあこれで印刷するよ、と言った滝が跡部の視界から外れた場所で何か書き加えていたようだけれども、忍足はそれを見て見ない振りをした。しかし低身長コンビはちょこちょこと滝に寄っていき、ぷっと笑いを堪えたりころころと床を転がったりしている。それに気づかない跡部は唇の端を吊り上げ、不敵に笑った。
「一年の総決算だ。派手に行くぜ!」
「「イエーイ!」」
お祭り好きの跡部がいて、面白いことにはストッパーをかけない向日とジローがいて、ひっそりと助長させる滝がおり、飽きれつつも静止しない宍戸があって、忍足は頑張って彼らに着いていくだけだ。巻き込まれる他校は大変やんなぁ。そんなことを思う彼も十分に「氷帝」のひとりなのだと周囲には認識されているのだが、当の忍足はそれを知らない。
金額設定には柳が考えるほど複雑な経緯があったわけではない。氷帝はそういうところが結構適当なんじゃないかと。
2011年12月29日