2.立海の欲しいもの





王者立海。三連覇こそ成し得なかったもののその看板は未だ現在で、男子テニス部ではクリスマスだろうと正月だろうと、いや、流石に三箇日は休みになるけれども、冬休みも常と変らず厳しい練習が続けられている。しかし高等部への進学を控えた三年生ともなれば、少しは時間の融通が利く。進学後もテニス部に入部することを踏まえ、身体をなまらせないよう部活には参加しているけれども、すでに中心は二年生だ。三年の彼らは一応引退した身であり、毎日練習に顔を出す義務はない。よって彼らはふたつ返事で、跡部の主催するクリスマス兼忘年会に参加することを決めた。だって、あの跡部だ。きっと面白いことになるに決まってる。放課後、三年A組の教室で招待状を眺めながらのんびりと話していた彼らの元に、慌ただしくひとりの後輩が駆け込んできた。
「オッケーっす! 業者のコート整備、その日にしてもらったんで二日間自主練で部活なしっす!」
「赤也も出席、と」
息せき切って喜び告げる赤也の名前を、柳はすらすらと解答用紙に書き込む。幸村を筆頭に、今年のレギュラーは全員の名前が記された。ポッキーを片手に丸井が眺めている招待状は、さり気無いパール調の光沢が華やかさを演出し、緑と赤の縁取りがクリスマスを連想させる。綴られた文字はシンプルだからこそ上品で、封筒は氷帝の校章を模った蝋で閉じられていた。跡部君は相変わらず趣味が良いですね、と柳生が感心しながら文面に目を通す。そんな柳生の背にもたれかかるようにして、仁王は室内だというのにぐるぐるに巻いたマフラーに顔を埋めて丸くなっていた。
「それにしても、欲しいものなんか聞いてどうするんだ?」
最後に付け加えられている質問に、ジャッカルが不思議がって首を傾げる。今欲しいものを、一人につき一つご記入ください。欲しいものねぇ、と全員が考え込む。
「跡部がサンタクロースの振りして俺らにプレゼントくれるとか?」
「いや、流石に跡部だってそこまではしないだろ。それにクリスマスプレゼントは持って来いって書いてあるし」
「2,567円か。ふむ、面白い」
「柳先輩がぴったり2,567円の買い物をする確率、百パーセントっすね」
何で2,000円でも3,000円でも2,500円でもない中途半端な額に行きついたのか。その経緯を予想することが楽しいのだろう。うっすらと笑みを浮かべる柳に、先輩を真似して赤也が確率を告げる。腕が鳴るな、と呟く柳は、本気で2,567円ちょうどの買い物をするつもりなのだろう。
「決めた」
ボールペンを握り、幸村が解答用紙を手元に引き寄せる。書き込まれるのは男子とは思えない綺麗な字だ。
「フランス美術館巡り五泊六日の旅、家族五名様ご招待。往復の飛行機とホテルも込みのセットプラン。通訳兼ガイドがついてくれると尚良し」
「幸村、それは欲しいものではなく行きたい場所なのではないか?」
「旅行のチケットが欲しいってことだよ」
「そうか」
真田はそれだけで納得してしまったようだが、他の面々は思わず口をぱかっと開いてしまった。何たる暴挙だ。いくら跡部が相手とはいえ、欲しいものの欄に物品ではなく旅行プランを書き込むとは。しかもフランス、五泊六日、家族五名様ご招待である。それはおそらく幸村自身と彼の両親、祖母、妹を含めた家族の人数なのだろう。その全員の旅行代を跡部に持たせるつもりなのか。いや、跡部が用意するのかどうかは今の時点で不明だけれども、それを望んでいると公言してしまうのか。
「幸村君、パネェ・・・!」
「ふふ、ありがとう」
「・・・精市は確か、ルノワールの画集が欲しいと言っていたはずだが」
「だってそれは小遣いを溜めれば自分で買えるものだし。旅行なんて行けなくていいんだよ。ただ、相手は跡部だからね。これくらい大きく出ておいて損はないと思うんだ」
跡部だし。ああ、跡部だしな。その言葉だけで周囲を納得させてしまう跡部は、それはそれは私生活において好き放題していると他校の彼らの耳にまで噂は届いてくる。ベンツで通学? あーん? そんなのいつの時代のことだと思ってやがる。今はジェット機で通うのが当然だろ? そんな幻聴まで聞こえてきそうだ。
「じゃあ俺はガスオーブンにするぜ。っつーかうちのキッチン丸ごと改装しほしい。食洗機があったらもっと片付けが楽になるんだよなぁ」
「・・・俺は無難にサングラスにしとくわ」
「ジャッカルはサングラス百個、と」
「そんなにいらねぇよ!?」
がりがりと丸井がボールペンで書き込めば、ジャッカルが慌てて訂正を促す。しかしそこにはすでに丸井の少し乱暴な字で百個と記されていて、修正ペンを探せども何故かそれは幸村の手の中にある。ジャッカルは諦めた。せめて本当に百個届くなら、すべてが違うサングラスだといい。
「では、私はハンカチでお願いします」
「比呂士はハンカチ百枚、と」
「五枚で結構ですよ。ブランドに拘りはありませんが、一枚は真っ白な木綿にイニシャルの刺繍を入れていただけたらと思います」
「俺! 俺はWiiが欲しいっす!」
「赤也は、えーっと、あれ何だったっけ? ほら外国のエセWii」
「いや、今では逆にあれを手に入れる方が難しいだろう」
「そんなんでマリオなんか出来ねーし! 丸井先輩、真面目に書いてくださいよ!」
「あーはいはい。リモコン何本?」
「四本! あとハンドルとザッパーとメモリーカードもセットでお願いします!」
途中で書くのが面倒になったのか、丸井はペンと解答用紙を赤也に押し付ける。嬉々として書き込まれていく文字は丸井に負けず劣らず乱れたものだが、もはや読めればいいのだろう。書けました、と赤也が柳にペンを差し出せば、柳はそれをスルーして隣の真田へと先を譲った。
「弦一郎は今何が欲しい?」
「む? 俺か・・・。そうだな、気になっているは先日骨董品店で見つけた壺だが」
「ひゅー! 真田副部長、結構いいとこ狙いますね!」
「それが年代物だったら幸村君より高額だろぃ」
「お宝鑑定団呼びます?」
「はい真田、ボールペン」
幸村に差し出されたボールペンを素直に受け取り、真田は自身の名前の隣に骨董品店の名前と壺の特徴を記入していく。真田に限って言えば本当に単純に「欲しいもの」を書いており、おそらく跡部が云々で手に入るなどとは露ほども考えてもいないのだろう。解答を見ても上から順に、フランス旅行、壺、ハンカチ、ガスオーブン、サングラス、Wiiと実に多様だ。回ってきた用紙を前に、柳はふむと腕を組む。
「蓮二は日本文学大系が欲しいと言っていなかったか?」
「ああ、確かにそうなんだが、ここは精市を見習って冒険しておくべきかとも考えている」
「日本一周とか?」
「源氏物語の原書とか?」
「後者は確かに跡部財閥の権力を図る上で興味深い、が」
節くれだった長い指でペンを持ち上げ、柳はさらさらと筆を走らせる。
「国立国会図書館の利用許可書?」
「ああ。あそこは十八歳未満の利用が禁止されているからな。だが、日本中の書籍が集まる場所だ。一度行ってみたいと思っていた」
年間読書冊数が六百冊を超える柳だ。そろそろ立海の図書館では物足りなくなり始めたのかもしれない。柳らしいな、と幸村が朗らかに笑い、っていうか跡部の権限って本当にここまで及ぶのか、とジャッカルは額に冷や汗を浮かべる。書いたもの勝ちだな、と柳はペンと解答用紙を最後のひとりに向けて回した。
「仁王」
とは言っても仁王は柳生の背で丸くなっており、そこまでペンが届くわけがない。用紙は柳生の前に置かれ、仁王は今まで一言も会話に口を挟んでいないが、それでも話はちゃんと聞いていると他の面子は知っている。コート上ではあれほど人を食ったプレーをし、詐欺師に相応しい言動で周囲を翻弄するのだが、テニスを離れれば仁王はとてもおとなしい人種だ。滅多に喋らないし、派手に動いたりもしない。授業の休み時間は同じクラスの丸井がずっと話しているのを聞いているだけで、昼休みは柳生の隣で小さな弁当をもそもそと食べるだけ。華やかな容姿とは真逆の行動に、それでも女子からの人気は高いのだから赤也曰く不思議だ。オンオフのスイッチのある男だからな、というのは柳の仁王に対する評価である。
「仁王先輩の欲しいもんって何すか?」
「ネジとドライバーはこの前大量に貰ってただろぃ?」
「ああ、校内新聞に載ったあれな。次の日は女子がみんなドライバーを持ってたよな・・・」
「あんなにたくさんのドライバーを一体どうする気だ。一家に一本あれば十分だろう」
「いや、弦一郎。ドライバーと言っても案外奥が深いぞ。プラスにマイナス、ポジドライブに六角、トルクス、三角やボックス、ドライバーハンドルなど種類もたくさんある」
「仁王君は先日、そのすべての種類をいただいていましたね」
「ふーん。じゃあ今度からドライバーが必要になったら仁王に電話することにするよ」
制服のジャケットの上からマフラーを巻いた仁王の手のひらは、すでに手袋に包まれている。ワインレッドのグローブは一見シンプルなように見えるが、袖口を埋めているのは白地の豹柄のボアだ。しかも幅があり厚手で、明らかにもふっとしている。あれ、レディースっすよね? この冬、仁王が手袋をし始めたときに赤也はそう丸井に尋ねたが、似合ってるからいいんじゃねーの、と返されたのは記憶に新しい。確かに仁王はファー系がとてもよく似合う。銀髪と色白が相俟って、鮮やかな色彩や派手な素材がとても映えるのだ。顔立ちが負けず劣らず華やかだから、小物ひとつでも着飾った仁王は周囲の視線を集めて止まない。
「仁王、欲しいもの」
「現金」
「何億?」
「いや、さすがにそれは駄目だろう」
横から書き込もうとする丸井を柳が制す。プレゼントに現金を欲しがる心は分からなくもないが、リサーチしているのは跡部である。冗談が洒落にならない場合も予想され、そのとき中学生同士で金銭のやり取りをするのは好ましくない。もっと学生らしいものを書けと柳は言うが、この解答用紙で学生らしいものなんてサングラスとWiiくらいのものである。柳生のハンカチは若干アウトか。
「この前、ヴィトンのショルダーバッグが欲しいとか言ってなかったか?」
「あれ? シャネルじゃなかった?」
「げ。仁王先輩がシャネルとか似合過ぎて引くんすけど」
女子がよく持っているようなシャネルのトートバッグ。それを無造作に肩にかけている仁王がぽんっと誰しもの脳裏に思い描かれるが、そこに一切の違和感はない。女性向けの華奢なデザインの品が似合う一方で、男性向けのごついものさえ似合うのだから、本当に美形は、いや、仁王は得だ。丸井がヴィトンのバッグ、と書き込む。隣からは違うペンで赤也がシャネルのバッグ、と付け加えた。むしろバッグは不要じゃないか、と幸村が言えばふたりはその文字を二重線で消す。つまりはヴィトン、シャネル、と非常に大きすぎる条件だけが残された。しかし跡部ならすべてを揃えることが出来るだろう。金持ちって大変だな、とジャッカルが些か間違った感想を漏らす。
「仁王君、何がご希望ですか?」
柳生は己の背中に向けて、柔らかな声で尋ねる。深緑色のジャケットに一度だけ猫のように頭を摺り寄せ、にゃあ、と鳴くかのごとく仁王はようやく「欲しいもの」を告げた。そうして彼が鞄から取り出したイヤーマフは、手袋と同じワインレッドの、これまたフェイクファーのもふもふしたレディースの一品だった。





仁王の欲しいものは後々。シャネルのトート持った仁王とか超見てみたい。
2011年12月23日