今日も今日とて日中の過酷なトレーニングの憂さ晴らしのため、ハイテンションな王様ゲームは続けられている。これだけ繰り返されれば命令のネタも尽きてきそうなものだが、参加者が五十人いるだけあって未だ困ることはない。命令を受ける対象者が数人と限定されるのも理由のひとつにあるだろう。「五番が腕立て伏せ百回」などという昼間の練習と変わらないようなものから、「四十番が今好きな女子について熱く語る」などという定番ネタまで行われ、そして一部の輩は数日前に立海レギュラーが見せたミュージカル(仮)の自校バージョンが見てみたいと、必死になって王様クジを引こうとしていた。しかしどんな神様の悪戯か立海がその命令を受けることはなく、のほほんと温かく時にえぐいゲームが繰り広げられていた最中、本日何度目かの仕切り直しで王様を引き当てたのは氷帝の部長、跡部だった。ぱちん。鳴った指に誰もが反応する。
「俺様がキングだ!」
実に分かりやすい名乗り出だ。他の面々が絨毯の敷かれた床に直に座っているのに対し、跡部だけはどこから持ち込んだの革張りの回転椅子に腰かけている。氷帝レギュラーにとってはむしろそれが自然だが、他校からしてみれば「どこまでも跡部様だな」である。
「十二番。俺様のために歌って踊れ」
優雅に肘をつき、そんな命令を下した跡部も、立海に氷帝ソングを歌わせたがっているうちの一人である。それだけ立海のミュージカル(仮)は素晴らしかったのだ。あれから数日経つのに、歌われた側である比嘉の甲斐や平古場が、丸井や仁王に振りを教えてくれと願い続けているほどに見事な完成度の高さだったのだ。
十二番、十二番。ざわざわと互いにそれぞれの番号を確認し合う。しかしそれも次第に止み、ホールには沈黙が訪れる。いつまで経っても出てこない対象者に、跡部の細い眉が苛立たしげに顰められる。誰だよ、とひそひそと再び声が交わされた。はぁ、と軽く息を吐き出して肩を竦めたのは幸村だった。
「・・・仁王」
ぴくりと反応したのは誰だったか。柳生の隣で猫のように丸くなっている仁王は、膝に顔を埋めているため顔が見えない。銀色の、それこそ上質の猫のような毛並だけが周囲からは見える。困ったように柳生が微笑んだ。きゅっと仁王が丸まる。猫さんみたいや、と瞳を輝かせたのは金太郎で、飼いたい、と非常に綺麗に笑ったのはリョーマだ。幸村に名指しされ、近くにいたジャッカルが「ごめんな」と言って仁王の手から割り箸で作られたクジを抜き取る。案の定、そこに刻まれていた数字は十二で、苦節何回目、よっしゃ、と跡部がガッツポーズし拳を握った。
「よし、仁王! 俺様のために歌え、踊れ!」
「柳生、甘やかすのは許さないよ」
代打を申し出ようとした柳生を、これまた一言で幸村が制す。挙手のために挙げられた掌を緩く握り、そっと仁王の頭を撫で、柳生が宥めればようやく銀髪が動き出した。するり、音のない仕草で立ちあがる。猫背気味の背中が逆に手足の長さを引き立たせ、一度乱暴に頭を掻いてから顔を上げる。仁王が感情を顔に載せることは余りない。その分整った造形は彼を無機質に見せ、自然ではありえない色合いと重なりまるで作り物のように仁王を見せる。本家や、と財前がジャージのポケットに手を突っ込み、ICレコーダーの存在を確認した。いつでも録音できるようスイッチに指をかける。ちらりと仁王が色素の薄目を跡部に向ける。
「・・・一度だけナリ。リテイクは許さんぜよ」
「アーン? それはてめぇのパフォーマンス次第だな」
「俺を誰だと思ってるんじゃ」
薄い唇を吊り上げて笑い、仁王はくるりと掌の中のウォークマンを見せつける。それが先日行われた比嘉ソングを流したものだと知れると、おおお、とどよめきが起こった。ついに見れるのか、あの伝説のミュージカル(仮)が。仁王が足を踏み出せば自然と座っている他の面子が道を譲る。簡易的に造られたステージの上に立ち、仁王が足元にウォークマンを置く。最前列を陣取ったのは財前と赤也と丸井、そして引きずられてきたジャッカルだ。前例の破壊力を知っているので、誰もが今回の命令ばかりは真剣に舞台を見守ろうとしている。樺地に見やすい中央の位置に回転椅子を移動させ、跡部が非常に機嫌よく笑った。
「仁王先輩、何歌うんすか! 『氷のエンペラー』っすか!? それとも『氷点下の情熱』!?」
「ちょ、マジ気になるんだけど何だよその題名! 聞きたい聞かせろ、なぁ仁王!」
「跡部のための歌ならやっぱ『ブギウギ』だろぃ? 『鏡の中の俺』でもいいけどよ」
「え、跡部がブギウギってそれ何なん? ほんまに気になるんやけど」
氷帝では向日や忍足が興味深々といった感じで口を挟んでくる。日頃は素知らぬ態度を貫いている日吉でさえ気になるのか、ちらちらと仁王を見ていた。全員の注目を集め、仁王が黙っていると自然とホール内の空気も緊張と興奮を孕んで静かになる。大人しくなったオーディエンスに、にやりと仁王が唇の端を吊り上げ、ウォークマンの再生ボタンを押した。一、二、三、パリン、綺麗な氷の音が鳴る。左手を高々と突き上げた仁王はもはや仁王ではなく、そこにいたのは完全なる「跡部景吾」だった。曲が流れ始め、オーディエンスを不敵にも指さした仁王が、跡部がゆるりと回転する。空気を読んだ柳が部屋の照明を切り、唯一ステージだけにライトが当たるよう調節した。
「『氷の世界』!」
「しかもドリライ7バージョン!」
テンション高く赤也と丸井が叫び、釣られて一気に場が盛り上がる。それはもはや跡部のためのステージだ。容姿も声も、纏う雰囲気さえもすべてが完全に再現されている。くるりとラケットを宙に放り、逆手でキャッチする様には歓声も飛ぶ。歌詞の合間に仁王は両腕を広げて更にオーディエンスを見下し、煽る。
「さぁ最後だ雌猫ども! 喚け! 俺がキングだ!」
さぁ今一度、ヘイヘイ、火を噴くブリザード、ヘイヘイ。立海が合いの手を入れれば、二度目は察した全員がヘイヘイと叫び拳を振る。高校生がうっかり扉を細く開けて室内を見ていたとしたら、えええ何これどうしたのあの子たち、と中学生たちの精神の疲労を心配することになっただろう。それほどまでに仁王は刹那で完璧な空間を作り上げ、引き込んだ。氷の世界、それが跡部の技のひとつを表していることは一目瞭然で、この歌も跡部のために作られたとしか思えなかった。すべてが完成されている。ラケットを振り下ろす最後の所作まで、何から何までが跡部景吾のためのものだった。
時間にしてみれば約一分といったところだろう。先の比嘉に比べれば決して長くなく、どちらかといえば短すぎたミュージカル(仮)だが、あまりに濃すぎた。一分もあれば跡部景吾という人物がどういう人なのか伝えるのは十分であり、仁王は余すところなく再現したと言ってもいいだろう。最後の最後までポーズを作り、喝采が彼を包み込む。ふっとイリュージョンを消した仁王からはすでに跡部の華やかな雰囲気は消えており、やる気なさそうにウォークマンを拾い上げ、彼は柳生の元へと戻っていく。その間も四方からジャージを引かれ、「なぁなぁ四天のも歌ってくれへん? 頼むわ仁王君、毒草あげるから」やら「不動峰のもお願いします! 今度ジュース奢りますから!」やら乞われていたが、すべて仁王は無視をした。すとんと柳生の隣に腰を下ろし、よしよしと撫でてくる掌を享受する。お疲れ様でした、と温かい柳生の言葉に、こくんと仁王が頷いた。
「・・・仁王」
「何じゃ。リテイクは聞かんぜよ」
「いや、素晴らしかった。今の歌の著作権は、どこに行けば買えるんだ?」
そんな本気かつ真剣に尋ねてくる跡部を余所に、今回の王様ゲームは無事に終了したのだった。





跡部様のCD自主制作は、ヒロイン仁王が著作権元を明かさなかったことで実現しなかったそうです。
2011年8月7日