時期的には全国大会後、U-17合宿までの間です。立海メンバーがテニミュやキャラソンが網羅された仁王秘蔵の音楽ファイルの存在を知ったよ! 幸村様が力ずくで奪ったよ!
エイトビートで明日を照らして
「それじゃ、仁王秘蔵の音楽ファイルは全員に行き渡った?」
携帯電話を片手に、幸村がくるりと部室内のメンバーを見回した。生憎の天気で部活が切り上げられ、それならばとレギュラーだけ残ってミーティングをしていたのだが、それもつい先ほど終了した。そして何故か今は皆、手元にそれぞれの携帯電話を握り締める状況となっている。ちなみに柳の前にはデータ整理用としてテニス部で所有しているノートパソコンが一台、電源の入った状態で置かれている。付属品ボックスから取り出したコードもすでに接続済みだ。
「仁王先輩も酷いっすよねー。こんなに面白いもん持ってんなら、早く教えてくれりゃ良かったのに」
「切原君、それ以上は」
鼻歌を歌いながら携帯をぴこぴこと操作する切原を、部室の隅から柳生がそっと遮る。その両腕は小さく蹲っている仁王に対して添えられていた。額を膝に押し付けるようにしているため、仁王の表情は窺えない。銀色の髪を丁寧にすきながら、柳生は安心させるように体温を分け与えている。
「まぁ、仁王を問い詰めたい気持ちはそれなりにあるけどね。例えばこの曲は一体誰が作ったのかとか、何で俺たちのことをこんなに詳細に歌った曲が存在するのかとか」
「精市」
「分かってるよ、柳。仁王が不思議ちゃんなのは今更だって言うんだろう? 全国前だったら首根っこ捕まえて何が何でも吐かせたけど、全部済んだ後だからね。詳しく聞く気はないよ」
「ですって。良かったですね、仁王君」
「みんなもいいね? 仁王が自分から話し出すまで、この件の詳細を聞くことは許さない」
うむやら、分かったっすやら、イエッサーやら返事は人数分返される。のろのろと、僅かに顔を上げた仁王と柳生の肩越しに視線を合わせて、幸村はにこっと笑う。
「仁王が、俺たちを、本当の仲間だと思ってくれてるなら、そのうち話してくれるだろうし?」
蛇に睨まれた蛙というのは、こういう状態のことを指すのだろう。神の子スマイルにびくっと可哀想になるくらい大仰に肩を震わせて、仁王は再び柳生の腕の中へと戻ってしまった。余り虐めないでくれませんか。柳生が眼鏡の端から仁王によく似た冷ややかな目元を覗かせ、幸村に釘を指す。はいはい、と肩を竦め、幸村は自分の携帯電話を開いた。
「じゃあ着メロでも設定しようか。せっかくだしみんな個別設定にしようよ」
「・・・着信メロディは、個別に設定できるものなのか?」
「出来るものなんだよ。真田、おっくれてるー」
「なっ!? 違う! 知っていたに決まっているだろう! 確認のために聞いただけだ!」
真っ赤な顔で否定されても意味はない。知らなかったんだな。知らなかったんですね。知らなかったんすね。誰もが心中に留めおいた言葉を、丸井はあっさりと口にする。
「知らなかったんだろぃ」
「だから知っていたと言ってるだろう!」
こういうとき、切原はひとつ年上の丸井を非常に勇者だと思うのだ。相手が真田であろうとしっかり突っ込みを入れるし、怒鳴り返されても簡単に流してしまう。容姿はどちらかと言えば「丸井君って格好いいっていうより可愛いよねー!」と女子に評されてしまうものなのだが、性格は実に男前なのだ。食い意地が張りすぎているところは玉に瑕だけれども。ほらほら出して、と幸村の声に、みんなもそれぞれ携帯電話を机の上に並べる。
「弦一郎は白いわんちゃんか・・・。俺や精市の水玉キノコは会社が異なるな」
「あ、だったら俺が副部長の分も設定するっすよ。俺も白いわんちゃんだし」
「よもやまさか、赤也に教えを乞う日が来るとは・・・たるんどる、真田弦一郎!」
「ジャッカルと丸井、仁王はミドリスモ? 柳生は水玉キノコだろう?」
「はい。お願いします」
柳生が自分と仁王の分の携帯電話を柳に預ける。ここで相手が幸村でないところがポイントだが、幸村自身も特に気にすることはない。八台の携帯電話に円陣を組ませて、和気藹々と盛り上がり始める。
「キャラソンもいいけど、やっぱりミュージカルの曲がいいね。誰からかかってきたのか歌詞ですぐに分かるし」
「俺、『危険なゲーム』がいいっす!」
「却下だろぃ。赤也のくせに格好良くてむかつく」
「ひっでー! 丸井先輩は『プラチナペア』っすか? でもそれだとジャッカル先輩と被りますよね?」
「譲るに決まってんだろぃ。ジャッカルが」
「俺かよ! いや譲らねぇって、これは!」
「いっそのこと『プラチナペア』の一番がジャッカル、二番が丸井でいいんじゃないか?」
「蓮二、着信メロディとはそんな設定も可能なのか?」
「ソフトで編集して、一番と二番を分割すれば可能だ。イントロから始まってしまっては意味もないからな。やはり適度にサビが流れるようにした方がいいだろう」
「・・・すまん、任せた」
しおしおと真田が項垂れ、柳は「任せておけ」と請け負う。軽くエンターキーを押してパソコンから流れ始めたのは件の『プラチナペア』だ。全国大会決勝戦の丸井・ジャッカルVS大石・菊丸を歌った歌詞に、思わず全員が沈黙して聞き入る。声は仁王によるイリュージョンだが、それでもきちんと丸井とジャッカルの歌声だ。本当によく出来ているな、と真田がぽつりと呟いた。仁王の跳ねた肩を、柳生がよしよしと宥める。
「なぁ柳、『俺がここにいる限り』から、『ねずみ花火eat』まで入れられるか?」
「じゃあ俺は、『俺のボレーが怖いか』から、『時間差地獄』までだな」
「ふたりとも、せっかくだからサビも入れた方がいいだろう。編集して最後の『ダブルスの真骨頂だ』まで追加するか?」
「ああ、頼む」
「所詮こんなもんだろぃ。うっわ、カラオケ行きたくなってきた! この歌、何でカラオケに入ってねぇんだよ!」
「無理言うなよ、ブン太」
ジャッカルが苦笑するが、その表情はやはり楽しげだ。おまえたちより二十倍ヘビーなプレイヤー。知らず口ずさんでしまうところが恐ろしい。なぁ仁王、おまえカラオケバージョン持ってねぇの、と丸井が部室の隅を振り返る。蹲っている仁王に代わり、柳生が唇だけで「またの機会に」と微笑み返した。
「柳はどうする? 『四年と二ヶ月と十五日U』か『雑魚へのカノン』になりそうだけど」
「えーっ! 『四年と』って、それ青学の乾さんに向けて歌ってる曲じゃないっすか。柳先輩は立海なんだから立海っぽい歌がいいっすよ」
「うむ。言っていることは的を得ないが、赤也の訴えたいことは分かる。蓮二、他におまえの歌っている曲はないのか?」
「難しいことを言うな、弦一郎。俺としてはどちらでも構わないが、『雑魚へのカノン』だと赤也と被ってしまいそうだな」
「赤也は『赤いデビル』だろぃ?」
「電話に出たくなくなる曲だよな・・・」
「ひでぇっすよ、ジャッカル先輩!」
「でも確かに、夜にかかってきたらとりあえず電源切って着信拒否したくなるよね」
「だ、だから言ってるじゃないっすか! 意地悪しないで『危険なゲーム』にしてくださいよー!」
「よし、赤也は『Bloodshot』にしよう」
「無難だな」
「無難だろぃ」
「えー・・・まぁ嫌いじゃないからいいっすけど。じゃあ『瞬殺だぜ、瞬く間の勝利』のとこは絶対に入れてくださいね!」
「分かった分かった」
指先でくるくると操作して、柳は綺麗に編曲していく。短くアレンジされた曲を試しに流してみれば切原は満足したのか、「それでいいっす!」と携帯電話を差し出した。全員分に移して、それぞれに着信を設定する。これで切原から電話が来た場合、流れる曲が決まった。ちなみに『Bloodshot』は切原と丸井と桑原の三人で歌っている曲であり、仁王はイリュージョンでひとりずつ録音してから、その後で三つを合成したという手間隙をかけて作成している。そのことに気づけたのは過程を知っている柳生と、何となく予測した柳くらいのものだった。
「柳はどうする? 俺としては赤也のパートを潰して柳のところだけ繋げても面白いと思うけど」
「精市、それでは曲が成立しないだろう。そうだな・・・俺としては『俺のデータは進化する』というフレーズが気に入っているから、『雑魚へのカノン』の二番を採用しよう」
「赤也、おまえもう少し控えめに歌えんのか」
「無理言わないでくださいよ、真田副部長!」
「仁王は『イリュージョン』だろぃ? おまえ、自分の曲だからって格好良くしすぎじゃね?」
違う、俺じゃなか。首をふるふると横に振っての訴えは柳生にしか届かない。分かっていますよ、と柳生が優しく囁く。
「いや、仁王も努力しているだろう。『んーっあーっエクスタシー』とか」
「ああ、あそこな・・・」
「仁王先輩、イリュージョンとはいえよく歌ったっすね・・・」
「やっぱ今度カラオケ行こうぜ。仁王に白石の『エクスタシー』歌わせてやる」
「柳生はどうするんだ?」
「私は『ペテン師だぁ? 何とでも言え』でお願いします」
「しかしあれは仁王のことを歌っている曲だろう」
「いいんじゃないの、柳生は柳生で詐欺師だし。だけど使うのは一番だよ。柳生はアーティストというよりもイリュージョニストな詐欺師だから」
「詐欺師詐欺師と連呼しないでもらえますか、幸村君」
「不満? それじゃあ仁王の騎士様とでも呼ぼうか?」
何か部室が涼しいっすね、と切原は室内を見回したが、まだ二年生ということもあり付き合いが一年分少ない後輩は気づかない。彼が勇者と讃えた丸井でさえ、幸村と柳生の言い合いには口を挟まないのだ。柳がもくもくと曲を編集し、真田はパソコン画面を分からないながらも覗き込み、ジャッカルは冷や汗をかきながら携帯電話を操作している。何だかなぁ、とガムを膨らませる傍らで丸井は考える。幸村君、もしかして柳生のことが羨ましいんじゃね? その理由が今現在柳生に囲われている銀髪の存在にあるのかは不明だが、とにかくもう秋だし、空気を冷えさせるのは止めてほしいよなぁ、なんて思うのだ。
「さて、後は精市と弦一郎だな」
「ふたりとも曲が多いっすよね。羨ましい」
「おまえが言うんじゃねぇよ、赤也」
「俺は『友情のテニス』は少し嫌だな。病院を思い出させるような曲は出来れば避けたい」
「ってことは『もう迷いはない』も駄目だろぃ? 俺、この曲結構好きだけどさ」
「ふふ、俺も好きだよ。今度カラオケでみんなで歌おうか」
「『降臨する王者』とかはレギュラー以外の着メロにしたいよな」
「だったら幸村部長はー・・・」
流石にすべての曲を覚えているわけではないので、各自が携帯電話を操ってタイトルを見比べる。幸村は自分で決めるよりも周囲に決めさせたいのか、にこりと微笑んでレギュラーたちの行動を見守るだけだ。沈黙の後、ぽつりと声が部室に響いた。
「『これでもう終わりかい?』・・・?」
「怖っ! 怖いっす、この部長!」
「馬鹿野郎、赤也! おまえが叩きのめされるぞ!?」
「す、すんませんっした! えーとえーと、じゃあ・・・『幸村のテニス』?」
「いや、その曲は精市のテニスがどんなものか語っているから避けた方がいいだろう」
「多少語られたところで幸村の強さは揺るがんがな。俺としては『デッド・エンド』が良いと思うのだが」
「あれもノリいいよな。だけど幸村君のソロのとこ、マジ怖くねぇ・・・? 『それが俺の余裕の証』って」
「『今おまえにやろう』など、特に幸村らしいとは思わんか?」
「・・・真田、おまえ今の死亡フラグだぜ。フォロー出来ねぇからな・・・」
「む、何故だ?」
「はいはい、真田虐めは後にするとして。それで決まった? 俺の着メロ」
ぱんぱんと手を叩いて、にこやかに幸村が催促する。首を傾げる真田以外が互いを窺い合うようにして視線を交わした。幸村部長の歌って、何かホラーばっかりじゃないっすか? と思わず呟きかけた切原の口を、柳が前もって手のひらで塞ぐ。
「・・・幸村君は、『神の子』がいいと思うぜ」
「あ、ああ。強さがよく出てるしな」
「四天宝寺の白石と遠山の声から始まるのが意外といえば意外だが、これもまた一興だろう」
「途中のオペラみたいなハモリとか格好いいっすよね!」
「ふうん・・・。夜中に俺から電話が来ても、みんな後悔しないね? 俺もこの曲は気に入ってるし、じゃあそうしようかな」
後悔します、とは言えない間にさっさと設定は済んでしまった。幸村の歌っている、もしくは幸村を歌っている曲はどれもどこか恐ろしいのは気のせいだろうか。もはや敗北は許されない背水の陣で全国大会に挑んだ、王者立海大付属の部長としての重圧が理由だとするのなら、本当にすまなかった精市、と柳は今更ながらに心中で謝罪した。こんなに怖い、いやいや迫力のある、いやいや高圧的な、いやいや幸村らしい歌を作るなんて、この曲の作者は本当によく幸村精市という人間を理解している。感心する柳の隣で、ごほんと真田がわざとらしく咳払いした。
「で、では俺の着信メロディは・・・」
「あ、そういや真田副部長のってまだ決まってなかったすよね」
「真田だと、やっぱり『風林火山』か『風林火陰山雷』か?」
「・・・なんかつまらないね」
「精市、弦一郎に面白みを求めてやるな」
「面白くないけど仕方ないんじゃね?」
「じゃあ、真田は『風林火山』で」
不満が漏れながらも可決され、真田の顔が年齢通りにぱぁっと明るく輝きかけたときだった。
「―――真田は『バレキス』じゃ」
はっとして部室にいた誰もが振り向いた。ロッカーの片隅、立てかけられているパイプ椅子と同化しかけていた仁王が、ゆっくりと顔を上げる。常よりどこか青い顔色を柳生が心配そうに見つめていたが、それでも仁王はきっぱりと断言してみせた。
「真田の着メロは『バレンタイン・キッス』じゃ。それ以外は認めんぜよ。『バレキス』以外にしようもんなら、おまんらの携帯、全部逆パカしてやるナリ」
その瞬間、立海レギュラーたちの脳裏に浮かんだのは、ただただマイクを片手に逞しい声で「おーだーりんあいらびゅー!」と歌う真田の姿だった。ばれんたいんでーきっす。仁王秘蔵の音楽ファイルの中でも一際異彩を放っていた曲だ。声はイリュージョンで仁王が入れているはずなのに、あたかも真田本人が歌っているかのような仕上がりだった。はっきりいって、爆笑を堪えるのに試合以上に必死にならなくてはいけなかった。真面目に歌っているからこそ余計だ。大人の味な真田。素敵なロマンスしたい真田。わざとらしく瞳を瞑ってあげちゃう真田。ぴくぴくと切原の肩が震える。丸井がぷっくりと頬を膨らませて、それでも必死に唇を噤んで堪えている。ジャッカルはもはや完全に顔を横に背けていた。柳がそっと己の口に手のひらを添える。幸村が爽やかに微笑んだ。
「スポンサーの命令なら仕方ないね。じゃあ、真田の着メロは『バレキス』で」
「なっ・・・!? ま、待て幸村! これは違う! 俺ではない、俺ではないぞ!?」
「副部長がバレキス・・・副部長がバレキス・・・! ぶっ、げほっ、ぐひゃっ。ひゃーっはっはっはっは!」
「おっ、『赤いデビル』の笑い方じゃん! 真田、カラオケ行こうぜ! 『バレキス』なら入ってるだろうからマジ歌えって!」
「えっと、その・・・気を落とすなよ?」
「そう言いながらもジャッカルの口端が笑いに震えている確率、百パーセント。これで全員分の設定が終わったな」
「あ、柳。真田の設定にはパスワードかけといて。勝手に変えたりしないように」
「了解だ」
「真田君・・・気の毒ですが、これが人生というもの」
一瞬のうちに手のひらを返されて、真田は愕然とした後に慌てて仁王をぎらっと睨み付けた。しかしそれも「ぷりっ」と呟き、仁王が柳生の影に隠れてしまうことで行き場がなくなる。うろたえているうちに丸井が「せっかくだしかけてみようぜ」と真田の携帯電話を勝手に操り、切原へとコールしてしまった。部室にそれはそれは素敵な『バレンタイン・キッス』が流れる。勇ましい。勇ましすぎて、本気でおかしい。
レギュラーの爆笑と真田の「きええええええええええいぃぃ!」っという叫びが現実と携帯とで見事ハモリを響かせるのは、それから数秒後のことだった。
ちなみにメールの着信音は、例えば柳から来ると「でーたをこえたでーたまん、しょくにんかたぎのますたーだーぜー・・・まけはいけないな」とか流れる。
2010年11月22日