元ネタは白石のキャラソンアルバム「POISON」より、「スピードスター」です。ペン回しさえ高速なやつがイグアナ飼っててどうやってテンポ合わせるんや、というような感じで、某スピードスターについて白石が歌ってます。それとテニミュの曲がちらほらと。





U-17合宿において、脱落者組が合流して早二日。繰り返される規則的なトレーニングに、財前は切れる息を悟られぬようにしてコートの隅に腰を下ろす。まだ中学二年生の身体は完成には程遠く、高校生と同じメニューをこなすには些かの負荷がかかりすぎている。それでも平気な顔をしてみせるのは、プライドでありもはや意地だ。少なくとも五十人いる中学生の半分は、そうやって己を誤魔化しているに違いない。成長期の数年は、確かな差となって各々に降りかかってくるのだから。
コートの中では指名を受けた謙也が、高校生とラリーを交わしている。人工的な金色の髪は合宿前に染め直すことが出来なかったらしくて、毛根の辺りがうっすらと黒くなり始めていた。プリンや、と疲弊した頭で貶した財前は、隣にいる存在にようやく気がついた。座っている状態からちらりと見上げれば、そこにあるのは完璧な銀色。謙也のようにまだらになっておらず、染めているのは明らかなのに本来の艶を失っていないから不思議だ。鋭角的な顎に、存外長い睫毛。強烈な印象を残す容姿を持つ相手が誰なのか、他校の財前すら知っている。仁王さんや。呟いて、財前はぼんやりと隣を見上げ続けた。コートを追っている目尻は涼やかで、どこか色っぽさを讃えている。腕や足は筋肉がついているのに細身でスレンダーだ。緩く結ばれた襟足さえ似合っていて、くそう、格好ええわ、と財前は知らず小さく零してしまった。四天宝寺の部長である白石も、女子に騒がれる綺麗な顔立ちをしている。財前自身とて美形という自覚があるし、周囲には少なからず整った顔を持つ人間が多くいる。それでも美醜は好みの問題だ。仁王は、財前の理想に限りなく近い美形だった。クールでミステリアスで、それでいて己の魅力を理解しながら他へと振舞うことが出来る。髪の色ひとつ取っても、カラーの似合わない財前には羨ましすぎて堪らない。ほんまずるいわ、と悔しさに歯噛みしかけたときだった。
薄い、はんなりとした色を添えている仁王の唇が、何かを綴るかのように動いているのに財前は気がついた。口元のほくろに目が行ってしまい、色っぽいわぁ、と感嘆していると、届いてきたのは微かな歌声だ。隣にいる財前だからこそ聞くことが出来たのだろう。周囲は少し離れていて振り向く輩はいない。仁王自身も無意識だったのかもしれないと、後になって財前は思った。その証拠に仁王はコートのラリーを静かに見つめ、暇潰しのように口ずさんでいた。何歌うてんのやろ。仁王さんやし、洋楽かな。ジャズとか似合いそうやな。興味が募って、財前は耳を澄まして零れる歌を拾うことに集中した。
そして数分後、彼は目を見開くこととなる。





ピエロは詐欺師を夢見るか





「仁王さん」
名前を呼ばれたから振り向いたけれど、返事はしない。仁王はどんな相手に対してもそうだったし、立海テニス部内でも同じ認識を持たれている。コート上では詐欺師と呼ばれるに相応しい人を食った言動をするが、一歩ラインを出れば基本的に物静かな人種なのだ。必要以上に喋らないし、自らアクションを起こしたりしない。そんな仁王の性質を幸村は「人見知りだね」と笑い、丸井は「引きこもりだろぃ」と貶す。
「突然すんません。俺、四天宝寺の財前いいます。仁王さんにお願いしたいことがあるんですけど」
「お断りじゃ」
すべてを聞かずに拒絶して、くるりと仁王は踵を返した。話しかけていた財前は面食らったようだったが、仁王がすたすたと歩き出すと、少し遅れてその後をついてくる。U-17合宿では実力別にコートが分けられており、所属ごとにまたメニューが異なる。今は他の選手が試合をしているため手が空いているが、無駄話をしているところがコーチに見つかれば叱責は免れない。黙ったまま仁王はコートをぐるりと回って、隣の境まで歩いていく。とことこと後ろを財前もついている。ふたりは現在、同じコートに所属していた。すぐに入れ替え戦が組まれて分かれるだろうが、少なくとも今は同じ練習メニューだ。
「ブンちゃん」
気配を感じて振り向いた丸井は、隣のコートの所属だ。こちらはこちらでラリーの順番待ちをしており、近づいてきた仁王に目をやり、その後ろにいる財前に首を傾げる。
「仁王、後ろに何かくっついてるぜ」
「知らん。突然話しかけてきたんじゃ」
「あー・・・おまえ、誰だっけ?」
「四天宝寺の財前っすわ」
「四天? あーあのエクスタシーの。何だよ、仁王に用か?」
「はぁ。仁王さんに頼みがあるんやけど、いけずやから聞いてくれへんのです」
「頼み?」
喋っている間に、仁王は丸井の背中に回りこんでしまった。財前からしてみれば間に丸井を挟むことになり、銀髪の手前に赤髪が見える。ぷうっと膨らまされた風船ガムに、立海もキャラ濃すぎやろ、と失礼な感想を抱きつつも話を続ける。仁王がスポークスマンとして丸井を提示しているのは明らかであり、頼んでいる側としてそれくらいの許容は当然だと財前も受け入れた。
「昨日の練習中に仁王さんが歌うてた曲、もう一度聞かせて欲しいんすわ」
財前が口にした願い事に、きょとんと丸井が大きな目を更に丸くした。その向こうで仁王も一度だけ瞬きをする。丸井が背後を振り向く。その視線から逃げるように、仁王が「ぴよっ」と顔を背ける。隣り合ったコートでは相変わらず練習が続けられているが、密やかな会話は未だ見咎められていない。丸井は再び財前へと向き直る。
「こいつ、どんな曲歌ってた? わざわざ聞いてくるってことは、何か普通と違ったんだろぃ?」
「多分、オリジナルやと思うんすけど」
「風林火山? ペテン師? 雑魚へのカノン?」
「や、よお分からんのですけど、スピードスターがどうとかっちゅう・・・。校内放送が全部至急やとか、足元ちゃんと見とけみたいな。あれ、謙也さんのこと歌うとる曲やないんですか?」
ちゃうんすか、と財前は更に問い重ねる。昨日微かに聞いただけだが、それでも歌詞は強烈なインパクトを財前の中に残しているのだ。あれはどう考えても同じ部活の先輩であり、『浪速のスピードスター』を豪語する謙也のことを歌っているとしか思えない内容だった。昨日は度肝を抜かれて話しかける暇もなく練習に戻らなくてはならなかったが、一晩中気になってしまい仕方なかったのだ。それだけの歌だった。ちゃんとメロディが作られていて、市販されている楽曲と比べても何ら遜色がなかったように思える。オリジナルのようなのに、それは一体どうしたことか。気になって気になって、財前は朝からずっと仁王に問いかけるチャンスを窺っていた。そうして実際に尋ねてみれば、丸井は呆れた顔で仁王に軽い体当たりを食らわせている。
「自業自得だろぃ? だから外で歌うの止めろって言ってんのに」
「・・・知らん。聞いてたそいつが悪いんじゃ」
「責任転嫁してんじゃねーよ。でもその歌、俺も聞いたことがねぇだろぃ? んじゃ決まりだな、今夜リサイタルだ」
勝手に丸井が決めるけれども、仁王は少しばかり眉を顰めただけで反論はしてこない。これもまたいつものことなのだろう。至って平然と財前に向かい合い、丸井は告げてきた。
「いいぜ、聞かせてやるよ。今夜俺とジャッカルの部屋な。だけどただで聞けるとか思ってんじゃねーぞ?」
「・・・貢物が必要、ってことっすか」
「さぁな? 部活の縦社会ってやつだろ。仁王、おまえも逃げんじゃねーぞ!」
足音を立てずに丸井の背から離れ始めていた仁王に、厳しい声が飛ぶ。やはり反応はなかったけれども、丸井に気にした様子はない。よくは分からないが、とりあえず歌は聞こえることになったのだろう。ありがとうございます、と軽く頭を下げてから財前も自身の所属するコートに戻った。これ以上警戒されるのも困るので、仁王とは少し距離を置きながら財前は考える。とりあえず謙也さんの菓子をぱくってったろ、と。じわりじわりと夜が楽しみになってきて、今度は財前が鼻歌を歌った。

ハードな練習メニューを、それでも今日は上機嫌でこなして、風呂に入って夕食を取り、謙也とユウジから菓子を奪取して、財前は立海の選手が固まっている部屋の一室を訪れた。一度深呼吸をしてからノックをすれば、すぐに相手が出てきた。褐色の肌と銀で見慣れているけれども眩しい坊主は、丸井ではなく同室のジャッカルだ。事情は聞いているらしく、苦笑しながら「入れよ」と促されて部屋に踏み入り、財前はぎょっとした。二人部屋のそこに、立海のメンバー全員が揃っていたのだ。ひとつのベッドで場所を取り合いながら寝転がっている丸井と切原。ソファーセットに腰掛けている幸村と真田と柳。もうひとつのベッドでは柳生が本を開いており、その隣で仁王が膝を抱えるようにして丸まっている。王者ではない、プライベートでの立海だ。コートとはまた違った面を見せ付けられて、財前の足がぎくりと止まる。視線だけでプレッシャーを与えられる存在感は、四天宝寺にはない立海独特のものだ。これが風格っちゅーやつなんか、と財前は心中で苦く呟く。ウェアではなく私服のティーシャツとハーフパンツ姿の丸井が、やっと来た、とベッドの上で身を起こした。
「そんで貢物は? つーか食い物は?」
「・・・菓子だけなんやけど、ええっすか?」
「むしろ望むところだろぃ! よっしゃ、非常食ゲット!」
「ずるいっすよ、丸井先輩! 俺も食いたいっす!」
「夜間の飲食は太るから控えた方がいいぞ。特に丸井」
「うっせ! 昼間にあれだけ動いてんだから太るわけねーっつの!」
柳の忠告もなんのその、差し出されたコンビニのビニール袋をひったくるように受け取り、そのままベッドに逆さにする。現れたポテトチップスやポッキー、飴やチョコレートに丸井と切原が歓声を挙げた。やっぱり最初はポテチだろぃ、と丸井が封を開ければ、ベッドの上で食べるなよ、とジャッカルが慌てる。切原は切原でポッキーを食べ始めており、ベッドサイドにはペットボトルまで用意されているのだから万端だ。とりあえず繋ぎをつけてくれた丸井への礼は済んだようだが、問題は仁王だ。ソファーセットで足を組み替え、ふふ、と幸村が楽しそうに笑う。
「それで、仁王への貢物は何にしたんだい?」
「・・・気に入ってもらえるかは分からへんけど、菓子よりはこっちやろ思うて」
ジャージのポケットに手を突っ込み、ゆっくりと引き出した拳を、今度は柳生の腰掛けるベッドの上に広げた。シーツに転がったのは、小さな輝きを放つアクセサリーだった。シルバーリングにペンダントトップ、ブレスレットやストラップなど、合計十点ほどの小物が色とりどりに並んでいる。へぇ、と幸村が興味深そうに覗き込み、ほう、と柳も感心したように近づいてきた。
「家に帰ればもっとあるんやけど、そうも出来へんし。今の手持ちはこれしかないんすわ」
「そもそも合宿に装飾品を持ち込むな! まったく四天宝寺、たるんどる!」
「せやかて、俺はユウジ先輩につれられて様子を見に来ただけやったんで。ほんまは参加するつもりなかったんすわ」
眉間に皺を寄せて怒鳴りつけてくる真田に、財前は少しだけ肩を竦めた。それでも幸村が「真田」と声をかけてくれたから、説教は続かなくて済んだのだろう。言い足りないといった様子で、真田は腕を組んでソファーに深く座り込む。
「あ、俺このストラップ欲しいな」
「精市、他校の後輩からカツアゲはいけないな」
「欲しいんやったらどうぞ。今度試合してくれるっちゅう条件付でええんなら」
「それなら遠慮なく。仁王はどれにする? 早く選びなよ」
幸村の声かけに、柳生の背中にくっつくようにして丸まっていた仁王がようやく動き出す。風呂上りということで解かれている髪は存外長く、一本一本が細いのかまるで絹のようだ。本当に眠りに入っていたのか、気だるげな目元がまた色っぽい。くそ、ほんまに格好ええわ、と財前は改めて悔しくなった。猫のようにしなやかな腕をぽんぽんと軽く叩き、柳生が柔らかに促す。
「ほら、仁王君。どれも素敵なアクセサリーですよ」
「こういうのって高いんじゃねぇの? いいのか、ただで譲って」
「別に構へんっすわ。仁王さんの曲が自前やったら、これくらいの価値はあると思うてますし」
ジャッカルの気遣いも、さらりと財前は受け流した。その間も視線は仁王に固定されている。男らしい節くれだった、それでも長くて形の良い指がシーツを張って、シルバーリングを摘み上げる。少しごついデザインのそれは、仁王の指には不釣合いかもしれない。かといって柔らかな色合いのストラップは場違いだし、ひとつひとつ確かめるように検分しては、シーツの上に戻していく。仁王の手が最後に摘み上げたのは青い石のついたピアスだった。財前は僅かに眉を顰める。指先でくるくると弄び、仁王が財前を見て、その唇を吊り上げた。
「これ、おまえさんの手作りじゃろ」
「っ・・・」
「え、マジ? 売り物にしか見えねぇけど」
「シンプルなスタッドピアスだな。石は・・・スワロフスキーのブルーカラーか? 彫金まで手掛けるとは本格的だな」
わいわいと皆が仁王の手の中のピアスを覗き込む。指摘された通り、十個のアクセサリーの中で唯一それだけが財前の手製の品だった。アクセサリーを身につけることを好む傾向が乗じて、製作まで手を伸ばすようになって久しいが、初めて納得する出来に仕上がったのがそのピアスだ。多面的に形作られた青い石がひとつついているだけの、シンプルでスタンダードなピアス。けれどまさか、手作りだと見抜かれるとは予想もしていなかった。
「・・・何で、分かったんすか?」
「表情が変わった。それだけで十分ナリ」
「仁王君」
「やぁぎゅ」
差し出された柳生の手のひらに、仁王はピアスを載せる。雰囲気から予想していただけだが、やはりピアスホールは空いていたらしい。柳生の指先が優しく銀髪を流して、左の耳にかける。ふに、と押されてくすぐったかったのか仁王が猫のように目を細めた。金具が外されて、ピアスが仁王の耳たぶに差し込まれるのを財前はどこか亡羊と見ていた。銀色の髪が凪ぐように戻されて、あぁ、と満足そうに柳生が微笑む。
「よくお似合いですよ、仁王君」
その言葉に、仁王がふんわりと笑った。財前は目を剥いて横顔を凝視するしかなかった。次の瞬間にも仁王は立ち上がり、ベッドの上から軽い動作で飛び降りてくるりと回る。財前を見下ろす顔は、すでに『コート上の詐欺師』に戻っていた。
「特別じゃ。本家本元バージョンで歌っちゃる」
「よっ、待ってましたー!」
「仁王先輩、後で俺と一緒に『危険なゲーム』も歌ってくださいよー!」
「ほら、弦一郎。手拍子だぞ」
「分かっている。む、このテンポか?」
「財前、ぼけっとしていると聞き逃すよ?」
「っ・・・す、んません。ほな、よろしくお願いします」
オンステージの様相に、財前も慌てて体勢を整える。ポケットの中に手を入れて、ボイスレコーダーの録音ボタンをオンにした。どこまで音が拾えるかは微妙だが、この機会を逃すわけにはいかない。わぁっと拍手が起こり、丸井と切原が仁王コールを始める。不敵に笑う姿は本当に財前の理想に近く、そんな彼の耳元で自分の造ったピアスが輝いているのかと思うと高揚して堪らなかった。スタイルの一端を担えるのが、こんなにも嬉しい。
しかし次の瞬間に始まったライブでは、また別の意味で財前は仁王に度肝を抜かれるのだった。イリュージョンで見事白石になりきって歌われた曲はやはり謙也のためとしか思えない歌詞で、日頃の四天宝寺を知っている身として財前は爆笑を堪えるのに、それはそれは必死にならなくてはいけなかった。

素晴らしきかなイリュージョンライブはハイテンションのうちに幕を閉じた。曲は財前の初めて耳にするものだったが、歌詞は異なり、この合宿に参加している選手たちに関わりのあるものばかりだったからこそ、尚更にテンションが上がった。特に立海のテーマソングと思われる数曲はまさに「王者立海」を象徴するような歌詞で、財前は知らず「まーけーてーはーならーぬー」と他校ソングを歌っている自分に気づき、またしても笑い出さざるをえなかった。小春先輩とユウジ先輩のライブでも、こないに笑うたことあらへんのに。そんなことを考え、震える腹筋で礼を言ってから丸井たちの部屋を出た。他の面子も自室に戻るらしく、その中で柳生の背を捕まえる。
「どうかしましたか? 財前君」
「あの、これ、仁王さんに」
ジャージではなく、ハーフパンツのポケットから取り出したのは、ゴールドとピンクの二連のハートが組み合わさっているピアスだった。不思議そうに首を傾げる柳生に、財前は先ほどの仁王を思い出しながら続ける。
「女物やし、似合わへんやろ思うて除けてたんすけど、さっきの仁王さん見てたらいけるんちゃうかな思うたんで」
「さっきの、とは?」
「柳生さんに褒められて嬉しそうに笑うた顔、ほんまに柔らかかったし。女物やけど、仁王さんならつけこなせると思うし。柳生さんから渡してください」
「・・・分かりました。お預かりしますね」
柳生が何故か優しく笑った気がしたけれど、その理由は財前には分からなかった。おやすみなさい、と再度頭を下げてから、四天宝寺の部屋がある方へと向かう。合宿中は無理だけれど、自宅に戻ったらすぐさまボイスレコーダーから曲を拾い上げよう。綺麗にメロディラインを作って、そうしたら仁王に声を入れてもらおう。イリュージョンしてみせたところを察するに白石でも良いのかもしれないが、やはり仁王の歌が良い。楽しみや、と声に出して呟き、財前は階段を下った。ついてでる鼻歌は、スピードスターのものだった。





翌日、仁王の耳では青とハートのピアスがふたつ、きらきらと輝いていたという。
2010年9月11日