落乱編:忍たまVSくのたま





腹の底に息を留める。心臓を意識し、血管の一本一本に流れる血液を認識する。胸から腹、太腿を伝い、脚の爪先を巡り、そして身体を一周し、心臓へ戻る。その動きを把握する。呼吸は深く、心を乱すことなく集中し、己自身を知る。流れを知れ。生命の、力の、自然の、この世のすべての流れを知れ。そうして拳に集中させろ。高めよ、己の魂を。
大いなる流れに逆らうことなく身を任せ、けれども自身を失わずにいた結果だろう。確立された理性は拳を顔面の横すれすれに叩き落とされ、忍たまではなく大地を突いた。だが、その威力の如何なるものか。打ち据えられた忍たまが視認することは出来なかったけれども、少女の、くのたまの拳は確かに大地にひびを入れていたのだ。それは大きなものではない。だが、小さいとするには余りある強大さであり喜びだった。にぃ、と吊り上げられる赤い唇が嘲笑よりも歓喜だったことに忍たまは気づけない。嬉しい、と瞬かれた瞳は未来への展望に濡れていた。
伸ばされた手が忍たまの懐を探り、一枚の木の板を見つけ出す。番号の記されたそれは、今回の実習で守り切れと言われていた課題だ。くのたまの懐へと移動していくそれを妨害することは出来ない。すでに忍たまの身体は、いくつかの打撃を受けて数ヶ所が痛みに悲鳴を挙げている。侮ったわけではなかった。くのたまは罠を用い、時にえげつない策すら平然と用いてくる。むしろ同じ忍たまよりも警戒しなくてはならない相手だ。だが、ここまで正攻法で来るとは考えてもいなかった。手裏剣も苦無も使わず、己の身体を駆使して挑んでくる。しかもそれが、くのいちの基本とする色ではなく、純粋なる力での勝負。腕力で優位な男として決して負けるわけにはいかなかった。負けないはずだった。だがしかし、その誇りと驕りは斬り捨てられた。砕かれたのだ。くのたまのたおやかなる小さな拳に。
大蛇丸先生。心からの感謝と共に囁かれた唇に、忍たまは気づけない。
「この勝負はあたしの勝ち。札は貰っていくわよ」
拘束を外し、くのたまが立ち上がる。自由の身になっても忍たまは動けなかった。痛みのせいもあるし、自信を崩された、その所為でもある。力なく地面に横たわる忍たまと、その脇にある自身がつけた地割れの跡を見比べ、くのたまは笑った。それは愛らしい、一介の町娘のような、ただただ嬉しさだけを浮かべた無垢なる笑顔だった。
「じゃあね、潮江」
その姿は一瞬で消える。それすら見送ることが出来ず、忍たまは、潮江文次郎は地に伏した。強大なる流れの前に、少年は膝をついたのだ。それは完全なる敗北だった。





七松小平太だけは避けなさい。彼以外の忍たま六年生なら、今のあなたたちなら負けないはずよ。そう言って送り出した大蛇丸先生。
2011年7月30日