落乱編:大蛇丸先生と伊賀崎孫兵





「お名前を聞いたときから決めていました! 僕と夫婦になってください!」
大蛇丸は現在、学園に滞在する身として教師という立場を拝命しているが、実際に授業を受け持つことはない。余りある時間を潰すために飼育小屋で飼われている動物たちを眺めていたところ、背後から駆けてくる気配がしたので振り向いた。当然ながら大蛇丸はこの学園内にいるすべての気配を察知しているので、相手が自分に向かってきていることにも気が付いていた。しかし、それにしたってこれはない。もしもこの場を同じ三忍で、尚且つ昔にスリーマンセルを組んでいた綱手が見ていたのなら大口を開けて笑ったことだろう。それほどまでに予想外の事態だった。流石の大蛇丸でさえ予想だにしていなかった。まさかこんな子供に、開口一番プロポーズされるとは。
目の前には萌木色の忍び装束に身を包んだ少年がいる。この色は三年生だったかしら、と大蛇丸は心中で首を傾げた。割合と綺麗な顔立ちをしている子供だが、それよりも先に首元に目が行く。蛇がいる。赤く毒々しい身体で、くるりと少年の首を彩っている。綺麗な蝮ね、と感想を抱いた大蛇丸のプロポーズへの返事など考えるまでもなく明らかだ。
「あなた、名前は?」
問えば、子供は我に返ったように背筋を正し、すみません、と謝罪してから己を名乗る。
「僕は三年い組の、伊賀崎孫兵といいます!」
「そう。悪いけれど誰かと夫婦になるつもりはないの。他を当たりなさい」
「じゃ、じゃあせめて、お話だけでも!」
「・・・お話、ね。あなた、どうしてそんなに私と接触したがるの」
「それはあなたの名前が素敵過ぎるからです! 大蛇丸先生・・・! 何て美しいお名前か!」
いっそ青白いような色の肌を頬だけは朱に染めて、孫兵は称賛する。その間も大蛇丸の視線は彼ではなくその首にいる蝮に注がれていた。ちろちろと舌を出し、ぺこりと頭を上下させる姿は大蛇丸がどれだけの蛇を使役しているか理解しているのだろう。賢い子ね、と大蛇丸は手を伸ばして指先で蝮の、ジュンコの鱗を撫でた。途端に熱に浮かされていたかのようだった孫兵がぴくりと身を跳ねさせ、口を噤む。そして恐る恐る問いかけてきた。
「あの・・・大蛇丸先生は、蛇はお好きですか・・・?」
「ええ、好きよ」
「やっぱり! そうだと思ってました! 僕の勘に間違いはなかった!」
「あなたも蛇が好きなのね」
「はい! 毒を持つ生き物なら何でも好きですが、その中でも蛇が一番好きです!」
その返答を受けて、大蛇丸は自分が何故年端もいかない子供にプロポーズされたのかを理解した。つまり孫兵は、大蛇丸の名に惚れたのだろう。蛇を司る、その名前に。確かに名は一生ものだし、美のように月日によって褪せたりもしないから、それを愛する孫兵は正しいのかもしれない。しかし変わった子ね、と大蛇丸は思った。蛇を常に連れている様に、思わず弟子のひとりであるサスケの同期生を思い出す。木の葉の旧家である犬塚も常に犬を連れていた。
「あの、大蛇丸様は蛇は飼われていないんですか?」
期待を込めた瞳で見上げられ、思わず苦笑する。飼育小屋の中からはいろんな動物や昆虫たちが大蛇丸と孫兵のやり取りを見守っている。
「飼っているわよ。だけどたくさんいるし、大きい子もいるから必要なときだけ呼ぶようにしているの」
「そんなことが出来るんですか?」
「こちらの世界にはない術ね。ああ、だけど・・・あなたには、あなたたちには特性がありそうだわ」
上から下まで孫兵を検分し、そして何より首元でとぐろを巻くジュンコを見つめ、大蛇丸は笑う。孫兵は不思議そうに首を傾けたが、すぐに意気込んで願った。
「僕に大蛇丸先生の蛇を見せていただけませんか!?」
「ふふ、そうね、いいわよ。特別に見せてあげるわ」
「あ、ありがとうございます!」
やった、と両手でガッツポーズをする姿の何と子供らしいことか。三年生の歳は十二と聞いているが、それは下忍になったサスケやヒナタの歳と同じだ。基礎はこちらの世界の方がしっかり教えているようだが、如何せんまだ「忍者の卵」である学園の生徒たちは幼さが目立って見える。大蛇丸は懐から巻物をひとつ取り出した。何ですか、と尋ねる孫兵に紐を解き、中に綴られている文字の羅列を見せてやる。
「契約の書よ。口寄せをするには対象となる動物と血の契約を交わし、その物の名を書に刻む。呼び出すときにはこの巻物を使うのよ」
「ここに書いてあるすべてが蛇なんですか? 凄い!」
「蛇以外にもいくつかいるわ。マンダは・・・呼び出すと学園の建物をすべて踏み潰すわね。無難な大きさの子にしておこうかしら」
「そんな大きな蛇もいるんですか!? さすが大蛇丸先生・・・!」
「褒めるのはまだ早いわよ。あなたにも分かるように、ゆっくり術を組んであげるわ。ちゃんと見ていなさい」
右手の親指の腹を歯で傷つけ、そこから溢れた血を巻物へと翳す。すべてを逃さないように、孫兵は食い入るようにそれを見つめる。この子なら口寄せもマスター出来そうね、と大蛇丸は素質に笑った。そしていつもなら省略する印を、ゆっくりと丁寧に組んでやる。ジュンコも、小屋の中の動物たちも、引き寄せられるように大蛇丸の手にする巻物を注視し、そして。
「―――いらっしゃい、サラ」
煙幕と共に現れた、それこそ子供の三倍の太さがありそうな大蛇に、孫兵が恍惚とした歓声を挙げるまであと五秒。そして委員会活動のため訪れた生物委員会委員長代理の竹谷八左ヱ門が、裏庭を埋め尽くす巨大な蛇に「何じゃこりゃあ!」と絶叫するのは、それから十秒後のことだった。





うちの後輩がすんませんっしたぁ! と孫兵の頭を無理矢理下げさせる竹谷。
2011年7月30日