大蛇丸様40歳、アンコ14歳、紅17歳、ハヤテ13歳、イタチ7歳、サスケ2歳
見知った声を耳にして、夕日紅は足を止めた。彼女に追従して任務報告に行っていた月光ハヤテもそれは同じで、ごほごほ、ともはやトレードマークになりつつある咳をした後で「夕日先輩?」と首を傾げる。
「今、アンコの声がしなかった?」
「みたらし先輩、ですか・・・」
ごほ、と今度の咳はわざとらしくして、ハヤテは心なしか背中を丸くする。ふたりにとってアンコは、同じ中忍として度々スリーマンセルを組む仲間だ。賑やかで騒々しくてトラブルメーカーになりやすい彼女だけれども、その忍術は明らかに群を抜いている。十二歳で中忍になったという経歴に嘘はなく、実力は里のくのいちの中でも指折りに数えられるほどだった。もしかしたら上忍、あるいは特別上忍になるのは、三歳年上である紅よりも早いかもしれない。特に戦場において目覚ましい活躍をして見せるアンコに、幻術でのサポートを主としている紅は複雑な感情も抱いていた。
しかしプライベートでは話が別だ。アンコは思わず「うるさい!」と拳骨を食らわせてしまうほどに、よく喋りよく騒ぐ性格をしている。だからこそ人で賑わう街中でもその声を聞き取ることが出来、紅は反射的に足を止めてしまったのだ。右手には八百屋と魚屋と乾物屋。左手には金物屋と甘味屋と反物屋が並んでいる。
「ごほ、甘味屋ですね」
「ええ、間違いなく甘味屋ね」
アンコは、その名の通り甘味が好きだ。間違いなく甘味屋にいる。そう思って左手を見れば、店内の奥に確かにアンコの姿を確認することが出来た。忍び装束を着ていることからおそらく非番ではないのだろうが、身振り手振りを含んで何やら楽しそうに話をしている。かと思えば一転して唇を尖らせて頬を膨らませ、ぶつぶつと文句を言っているようだ。くるくると変わる表情は忍者にあるまじき多様さで、それなのに優秀なのだからアンコという少女は底が知れない。
何となく立ち止まって眺めていた紅とハヤテは、次いで店から出てきた人物に瞠目した。アンコの分も支払った、おそらく机で向かい合っていた連れだと思われる女性は、長い黒髪が艶やかな、なまめかしい美女だったのだ。年の頃は二十歳を少し超えたくらいか。いっそ白すぎる肌にはほくろひとつ見当たらず、細身な身体はくらりとするほどの色香を備えている。ごくりと、思わず紅は唾を呑み込んでしまった。くのいちの中には色を使って情報収集する専属の忍びもいるが、そんな彼女たちが束になっても敵わないほどの色気が、目の前の女性にはある。落ち着いた色合いの着物は彼女の静かな雰囲気を彩るのに一役買っており、会計をしていた甘味屋の亭主はすでに顔がにやけ切っていた。支払いを終え、手を振るアンコに応えてから、女性は通りへと入り人混みへと混ざっていった。里で初めて見る、この世のものとは思えないくらいの美しい人だった。
「あっれー? 紅にハヤテじゃない。何してんのよ、こんなところで」
「っアンコ!」
次いで暖簾をくぐってきた、土産用の団子を両腕に抱えている同僚の胸ぐらを紅は反射的に掴み上げ揺さぶった。
「今の女性、どこの誰!? 里じゃ見たことないわよね!? どこの里の人!? 忍者なの!? それとも一般人!?」
「えー・・・ごほごほ、あんな美人とお知り合いだなんて羨ましい限りです。紹介してください、ごほっ・・・」
「今のって、何だ、見てたなら声かけてくれれば良かったのに」
「知り合いでもないのに、そんなこと出来るわけないじゃない!」
とんでもない、と紅は言い、その通りです、とハヤテはごほごほと咳をしながらも頷く。胸倉を掴まれたまま不思議そうに首を傾げていたアンコは、もしかして、と悪戯に唇の端を吊り上げた。拘束から軽やかに抜け出して、ステップを踏んで「うふふふ」と厭らしく笑う。
「やだ、ふたりとももしかして知らないの? あの人、超がつく有名人なのに?」
「有名人・・・?」
「そう!」
分からない、といった様子で呟き、眉を顰める紅とハヤテにアンコは高らかに笑った。
「今のはあたしの師匠! 生ける伝説! 三忍のひとり、大蛇丸様よ!」
美人でしょう、綺麗でしょう、スタイルいいでしょ、世界で一番素敵でしょ! 自慢の先生なんだから! 修行は本気で死にかけるほど厳しいけど、でもそれを割り引いても最高の先生なんだから!
誇れることが嬉しいのだろう。アンコは頬を薔薇色にして師の素晴らしさについて語り出したけれども、紅とハヤテは呆気に取られるしかない。大蛇丸様? 三忍のひとりの? だってあの方は今年で四十歳を迎えるはずで、確かにいつもは里の奥のお屋敷に籠られているから、姿をお見かけするとしたら大戦のときしかないし、でも大戦のときは見ていられる余裕なんてこれっぽっちもあるわけないし。ええと、つまり、ええと。
がばっと振り向いた先、まだ見ることの出来た背中はどうしたって四十代には見えない。しかし横の道から出てきた黒髪の少年と子供には紅もハヤテも覚えがある。うちは一族の生き残りの、イタチとサスケだ。里の人々が遠巻きにしているあのふたりに声をかけ、共に並んで歩き始め、更にはサスケを抱き上げてやるなんて確かに後見をしている大蛇丸以外には有り得ないのだろうけれども。
「・・・女性は年齢じゃありませんね。ごほっ・・・いやぁいいもの見ました・・・」
「あああ、アンコ、ちょっと大蛇丸様に弟子入りさせて! 私もあんな風に永遠に若いままでいたいわ・・・!」
ハヤテは心底感心したように何度も頷き、紅は再度アンコの首を絞めにかかる。何だ何だと注目を集める三人を余所に、大蛇丸と彼女の養い子たちは家へと帰っていくのだった。
くのいちからいろんな意味で憧れられている大蛇丸様。
2011年4月17日