大蛇丸様39歳、カブト8歳、イタチ6歳、サスケ1歳
大蛇丸の屋敷は、木の葉の里の外れにある。国境沿いではなく、どちらかといえば火影の邸宅の近くに配置されている理由は、彼女自身が禁術の塊のようなものだからだろう。里から出してはいけない、逃がしてはいけない。軟禁に限りなく近い状態だったが、大蛇丸に特に不満はなかった。うっそうとした森は「蛇の森」と呼ばれて里の人間からは少しばかり気味悪がられており、その奥にある屋敷を訪れる輩など限られている。静穏と静寂の中で研究に勤しむことは大蛇丸にとって十分な境遇だった。しかし最近は勝手が違ってきている。
「いつからうちは託児所になったのかしらね・・・」
おぎゃあおぎゃあおぎゃあ。泣き声をあげているのは、うちは一族の生き残りであり、今年一歳になるサスケだ。九尾を引き摺り出して里に壊滅的な被害を与え、尚且つクーデターを目論んでいたという証拠を突きつけ、大蛇丸が里の上層部にうちは一族の粛清を進言したのが約一年前。名家である一族を、と上層部は渋ったが、やはり里の現状を鑑みるに仕方が無いと判断したのだろう。それだけ木の葉の里の、人の心は荒んでいた。ただでさえ第二次、第三次忍界大戦で消耗しきっていた矢先のことだったのだ。復興し始めていた里が、またしても大きな打撃を受け、無関係の人々が多く命を散らせた。その責任を問うのは当然であり、大蛇丸は見せしめとしての意味合いも兼ねてうちは一族を滅ぼすべきだと訴え、その意見は火影によって採用された。
しかしうちはは写輪眼という特殊な血継限界を有する一族であり、彼ら全員を殺しては能力も失われてしまう、と上層部は反論してきた。数名残しては、という言葉に大蛇丸は冷ややかな感情を抱いたものである。生き残りを出すことは、それすなわち復讐の芽を植えてしまうのと同義だ。その者がいずれうちはマダラのように里に復讐を試みないとどうして言える。可能性は限りなく高いのに、どうしてそんな愚かなことが言えるのか。甘いのよ、と大蛇丸は久々に木の葉の里という集団に対して侮蔑を抱いた。死んで学習するべきだったわね、とさえ思わずにはいられなかった。
そうして唯一生きることが許されたのは、うちは一族の直系にあたるイタチとサスケの兄弟のみだった。それ以外の一族はすべて暗部によって葬られ、里を転覆させようとした恐ろしい彼らの所業は里の人々の知るところとなる。彼らはイタチとサスケに憎しみの目を向け、九尾を封じられているナルトには恐怖の目を向けた。それらから少しでも引き剥がすために、火影は兄弟を大蛇丸へと預けたのである。この里では火影に次ぐ、権力と影響力を持つ三忍の彼女に。
「サスケ君、どうしましたー? ミルクですか? それともおむつですか?」
慣れたように赤子を抱き上げてあやし始めるカブトは、すでに家事において完璧な主夫となっている。里にも打ち解け、商店街へ買い物に出かけるのも彼の役目となっていた。すみません、と謝るイタチはアカデミーへの入学が決定している。しかし大蛇丸に教えを受け、天才と呼ばれるに相応しい才能を有しているイタチのことだ、一年でアカデミーを卒業することが出来るだろう。その方がいいと大蛇丸は判断している。子供は大人の影響を受け、うちは一族であるイタチに対して酷い態度を取るだろう。その反面、忍びになってしまえば実力社会だ。後見の大蛇丸の名も限りなく有効に働くし、イタチ自身は危険思想のない少年だから、理解を示してくれる輩も少なからずいるに違いない。
「大蛇丸様、やっぱりサスケ君はあなたに抱っこしてもらうのが好きみたいですよ」
「おかしな趣味をしている子ね。まさかこの年で子育てをするとは思わなかったわ」
「良い機会じゃないですか。ほらサスケ君、大蛇丸様ですよー」
「あー」
カブトがおくるみに包まれたサスケを大蛇丸の膝へと載せる。黒く丸い瞳は大蛇丸を認めると、一転してにこおっと満面の笑顔になった。抱き直してその背を撫でてやれば、すぐさま眠りへと引き込まれていく。今はまだ赤子でしかないけれど、この子もイタチもいずれ写輪眼を開花させることだろう。そのために道を踏み外すことなく導いていくのが、大蛇丸に課せられた役割だった。面倒ね、と溜息を吐き出して座卓の向こうに座るイタチとカブトを一瞥する。
「それじゃあ、次はチャクラの性質について説明するわよ。チャクラは基本的に火・風・雷・土・水の五種類からなり、どの忍術もこの性質をチャクラに持たせた上で使用するわ。うちは一族が多用する火遁もそのひとつね。これらには優劣関係があって・・・」
説明する大蛇丸に対し、必要なことを書き取りながら勉強を重ねていくふたり。静かな屋敷の中で、時間はゆっくりと過ぎようとしていた。非番の日にはアンコもやってきたりして、大蛇丸の私塾は限られた弟子を対象にして開かれている。
大蛇丸様は基本的にすべて記憶しているので、形として記したりしない。すべては彼女の脳の中。
2011年4月17日