大蛇丸さん36歳、アンコ10歳、カカシ12歳





机の脇に立っている子供を見下ろした後、大蛇丸は視線を三代目火影へと向けた。壮年を迎えた男は大蛇丸にとっての師であり、自来也ほどではないがそれなりの尊敬を向けている相手でもある。しかし、それとこれとは話が別だ。
「木の葉にはいつから、三忍である私に子守をさせるような余裕が出来たのかしら?」
暗に「私の手を煩わせるな」と伝えれば、三代目は渋い顔をして沈黙を守る。第三次忍界大戦の終わりはいまだ見えず、大蛇丸は最前線で他国の忍びと戦い続ける毎日だ。第二次忍界大戦のときは綱手や自来也がいたが、今回はいない。殲滅の任は大きく大蛇丸と、そして波風ミナトへと託されており、本来ならばこんな火影の執務室などに足を運んでいる暇などないのだ。その間にも百を超える敵を屠ることが出来るというのに。
「大蛇丸よ・・・。そなたの言いたいことは良く分かる」
「だったら改善してほしいものね、猿飛先生。アカデミーを卒業したばかりの下忍を戦地に送るなんて、死ねと言っているのと同じことよ」
「・・・じゃが、戦況は予断を許してはくれんのだ。今はひとりでも多くの忍びを、少しでも長く生かしたい。この子は、今年の下忍の中でも飛び抜けて優秀な子じゃ。おまえの手で育ててやってくれ」
火影の手に背中を押されて、子供が高い声で名を名乗る。
「み、みたらしアンコです! よろしくお願いしますっ!」
聞いている十歳という年齢に相応しく、小さな背丈に、まだ丸いだけの頬。きらきらと輝いている瞳は未来への期待だけを映しているかのようで、大蛇丸の眉がまたしても顰められた。忍者は決して明るく開けた責務ではない。特に今は第三次忍界大戦の最中であり、消耗戦という物資だけでなく人員をすり減らすだけの厳しい戦いを強いられている。そんな中に、下忍になりたての子供を入れるのか。それだけ木の葉の情勢は悪いのか。最前線で力を振るっているからこそ、実情を正しく理解している大蛇丸に反論はない。彼女に出来るのはただ、目の前の子供を如何に死なないよう鍛えるかだけだ。
「アンコ、ね。私の修業は厳しいわよ?」
「はいっ! 大蛇丸先生に師事できるなんて嬉しいです!」
「猿飛先生、明日は一日休みをもらいます。構いませんね?」
「うむ。頼んだぞ、大蛇丸よ」
ぱぁっと顔に喜色を浮かべて、アンコが大蛇丸の側へと走り寄る。火影をして優秀だと言い、三忍のひとりである大蛇丸の元に師事させようというのだから、それなりの才能か素質があるのだろう。明日一日で、どれだけそれを引き出すことが出来るか。ああそれと、殺しも覚えさせないと。如何に合理的な修行をさせるか考えながら踵を返した大蛇丸の前で、こんこん、と扉がノックされる。火影が返事するよりも先に中からドアノブを引けば、そこに立っていたのは忍び装束を纏った、それでもアンコよりふたつかみっつ年上でしかない少年だった。
「おお、カカシか。入りなさい」
「・・・失礼します」
浅く頭を下げてから踏み込んでくる子供の名に聞き覚えがあり、そしてまた顔立ちにも見覚えがあり、ああ、と大蛇丸は得心した。
「サクモの息子ね。お父さんの名を汚さないよう、頑張りなさい」
行くわよ、アンコ。そう言って執務室を出た大蛇丸は、当然のように背後で勢いよく振り向いた気配に気づいていたけれども、どうしてやることもしなかった。アンコのぱたぱたとした軽い足音だけが彼女を追いかけてくる。嫌なものね、と大蛇丸は心中だけで嘆息した。





アンコさん、むしろ修行で死にかける。カカシ、父を認めてくれる存在がいると知る。
2011年4月10日