伝説の三忍、30歳
「のう、大蛇丸。・・・本当にこれで良いのか?」
自来也の今なお煮え切らない問いかけに、大蛇丸は肩を竦めた。彼女の長い黒髪がさらさらと肩を流れて、月光が艶を弾き出す。崩れた家屋に、瓦礫と化したいくつもの建物。かろうじて里の体裁は保っているものの、復興には時間がかかるだろう。それでもようやく、第二次忍界大戦は終結した。五大国は各々大きすぎる傷を負ったが、それでも戦いは終わりを迎えたのだ。喜ぶには些か疲弊しすぎた心身で、大蛇丸と自来也はかろうじて形を残している家の屋根に座っていた。夜も更けた今、人々は眠りについている。戦いのない明日を実感するのは、きっと朝日の眩しさをその身に受けてからだろう。だが、傷だらけの里で静かに蠢いている影がある。大蛇丸と自来也は、それをじっと見つめていた。攻撃はしない。誰だか分かっているからだ。金色の長い髪を結っている彼女は、綱手。ふたりにとってアカデミーからの同期であり、下忍時代はスリーマンセルを組んで同じ師匠の元で学び、そしてこの大戦では「三忍」とまで呼ばれるようになった仲間だった。その綱手が今、人目を忍んで木の葉の里を出ようとしている。本来ならば「抜け忍」として始末されてもおかしくはない行為だ。
「いいんじゃない? 綱手にはもう無理よ。弟と恋人を喪った上、血液恐怖症になった忍びなんて使えないにも程があるわ」
「おまえ、その言い方はないじゃろう」
「事実でしょう? 大戦はもう終わったんだもの。綱手ひとりいなくたって、木の葉の復興はちゃんと進むわ」
「・・・・・・」
「自来也、あなたも出て行くのなら早くすることね。でないと相談役に駆り出されて逃げ出せなくなるわよ」
ふたりの見守る中で、綱手は粉々になって役目を失った壁をついに越えた。その姿は闇に紛れていき、夜の中に消えていく。まだ十二歳でしかなかった弟を、そして愛していた恋人をその腕の中で亡くした綱手の様子は、彼女に一番近しい仲間のふたりからしても見ていられなかった。専門としている医療忍術でも助けることが出来ずに、ゆっくりと冷たくなっていく恋人を抱くのはどれほどの恐怖だっただろう。それ以降、綱手は血を見る度に錯乱し、震え、戦うどころかまともに話すことも、立っていることさえ出来なくなり、大戦が終幕する最後の数年は前線に出ることすら不可能になっていた。だから里から出ていくのは、綱手にとって悪いことではないと大蛇丸は考えている。少なくとも里にいるよりは、血も戦闘も見る機会は減るだろう。
「大蛇丸、おまえはどうする? 里に残るのか?」
「三忍が三人ともいなくなったら、それこそ相談役がうるさいもの。それに、あなたも知ってるでしょう? 私が里から出してもらえないのは」
「・・・すまん」
「当然の拘束よ。私は研究する場所さえあればそれでいい」
立ち上がる姿を自来也は見上げる。同じ年であることから大蛇丸は今年で三十歳を迎えるはずだが、その横顔に老いは見えない。二十歳を少し過ぎたくらいの瑞々しい若さと、魔性を帯びた美貌をその全身で体現している。数十年に一人の逸材として幼い頃から未来を嘱望されてきた大蛇丸は、自来也にとって常に対抗心を燃やすべき相手だった。もうひとりの仲間である綱手に対しては恋心を抱いたけれども、大蛇丸にはどうにかして自分を認めさせたいと躍起になったものである。そして、そんな大蛇丸は数多の禁術を開発していた。しかしそれらは誰にも受け継がれることなく、ましてや巻物に記されることなく、すべては大蛇丸の身の内だけに宿っている。木の葉の里としては決して流出したくない忍びが大蛇丸だろう。敵勢力の手に落ち、その禁術が暴かれたら一巻の終わりだ。だからこそ里は彼女に、外に出ることを許さない。
「友のひとりとして忠告しとくわ。綱手に言い寄るのは結構だけど、今は止めておきなさい。逆に傷を深くするだけよ」
「分かっておるわ。ワシとて傷心しているところに付け入るような真似はせんよ」
「どうかしら。まぁいいわ。また会いましょう、自来也」
「おお。おまえも達者でな」
音もなく風すら感じさせることなく姿を消した大蛇丸を、自来也も声だけで見送った。綱手を見習い、少しでも早く里を出なければそれこそ人手が足りないとばかりに捕まって働き詰めになるだろう。しかし三忍のうちふたりも黙って消えれば、それこそ問題になってしまう。仕方がないから朝一で三代目火影に一言告げて、ついでに綱手のことも話して抜け忍ではなく長期任務扱いにしてもらい、それから里を出よう。戦いに明け暮れ、返り血ばかり浴びて鈍った精神を今はどうにか癒したい。
東の空が白み、太陽がようやく顔を出す。大戦は終わったのだ。
時系列的には原作第二部より24年前。大蛇丸様はその頭脳と身体と忍術そのものが禁術状態なので、里に軟禁されてます。
2011年4月10日