晩餐会の部屋を出ると、控えていた兵士っぽいのが二人、あたしの後についてきた。
その二人はあたしが部屋につくと、ドアの外に立って見張りになる。護衛と監視、きっと両方。
アンティークみたいなクローゼットを開けると、端から端まで服が並んでる。だけどその中に、あたしの着てたセーラーはなかった。
そういえば、洗濯するっぽいことをメイドがジェスチャーしてたような気がする。
趣味の悪いゴスロリを脱いで、パジャマっぽいキャミソールドレスを取り出す。
やることないからこのまま寝てもいいけど、暇だからもう一度風呂に入ろう。
部屋に備え付けのバスルームは、湯船だけでも元の世界のあたしの部屋より広かった。
そういえば、渋谷もこれ履いてんのかな。男だから履いてたら変態だと思うけど。
マジで魔族って趣味悪すぎる。
普通客人に出す? 黒の総レースの紐ティーバックなんかさ。





Self





電気のないこの世界では、夜になると当然のごとく周囲は真っ暗になった。
枕もとのランプが唯一の灯り。携帯の待ち受けで照らしてもいいけど、どうせ圏外だし充電も無理だし、出来る限り使わないようにしとく。
鞄の中のものはほとんど濡れてなくて、MDも聞けた。
持ってた食べ物はここに来るまでに半分くらいなくなった。渋谷に分けてたってのもあるし、残ってるのは飴とガムくらい。
メイクポーチは全然平気。生理は半月先の予定だし、ジャージとタオルはメイドに頼んだら洗ってくれるって言ってたっぽい。
財布はあるけど、きっと金は世界が違うから使えない。確認した中身を、もう一度鞄の中に詰める。
制服がないのは困るけど、でもそんなことには構ってられない。鞄を持って、キャミソールドレスにローファーを履いて、部屋を出た。
・・・・・・こんな時間にどうかなさいましたか?
部屋の前にいた兵士が、何か言ってくる。さっきのと違うってことは交代制? それでも二人いるのは変わらない。
言葉が通じるとは思ってないけど、とりあえず言ってみる。
「眞王廟に行きたいんだけど」
やっぱり通じない。兵士は顔を見合わせるだけで、困ったように首を傾げる。
だからその腕を取って廊下の窓まで引きずって、遠くに見える光を指差した。
暗くて今は判んないけど、山の頂上にある光。あれが眞王廟だって渋谷は言ってた。あそこの巫女なら、あたしを元の世界に帰す方法を知ってるかもしれない。その言葉を、あたしは忘れたことなんてなかった。
「あそこに行きたいの。連れてって」
ジェスチャーが通じたみたいで、兵士は慌てた様子で首を横に振った。うざいな。あんたたちはあたしを連れてけばいいんだよ。
「案内してくんないなら、勝手に行く」
シカトして歩き出す。そうすると兵士は何か騒いでたけど、一人がついてきて、もう一人はどっかに走ってった。
誰に報告に行くのか知んないけど、出来ればウェラー卿じゃないといい。あのオッサン、笑顔がムカつく。
隣で兵士が何か言ってる。だけど足を止めないで歩き続ける。どうすれば城から出れるわけ? それと出来れば馬を借りてきたい。
馬にはもう一人で乗れる気がする。何でか知らないけど、そう思う。
やばい。早く帰りたい。帰らなきゃいけない。この世界にこれ以上いたら、マジでやばいことになる。
そんな気が、する。ヤだ。この世界はイヤ。
どこへ行く気だ
明かりなんてときどきあるロウソクくらいの中、薄暗い中から男が出てきた。
でかくて、髪の長い男。難しそうな顔は、ゴッドファーザー愛のテーマだ。名前なんて覚えてない。
あたしを止めていた兵士が、助かったって感じでそいつに駆け寄って話し始める。
そうすれば、すぐに男の顔も変わった。ますます不機嫌そうになってくのが、見てて分かりすぎる。
眞王廟へか・・・
言ってることなんて分かるわけない。ここまで来るといい加減うざくなってきた。
触られるのなんてサイアクだけど、あのマッチョに渋谷みたいに話せるようにしてもらえばよかったかも。
でもいい。あたしは帰る。だからもう必要ない。
「ちょうどいい。あんた、連れてってよ。どうせあたしにここにいてほしくないんでしょ?」
話しかければ、男の眉が跳ねた。やっぱり言葉は通じてない。
「帰ってやるって言ってんの。つーか来たくて来たんじゃないんだけど。あんたたちの大事な渋谷は置いてってあげるから、早く帰せよ」
ウルリーケには、おまえのことを聞いた時点ですでに使いを出してある。返信もまもなく来るだろう。それまでは部屋で大人しくしていろ
「はぁ? 何言ってんだか分かんねーよ、オッサン」
・・・・・・今、無礼なことを言わなかったか?
「ドューユーアンダースターン?  キャンユースピークジャパニーズ?」
わざとらしく小首を傾げて尋ねてやれば、男の眉間のしわが深くなる。だけどそれくらいじゃ気にならない。
あたし、ムカついてるんだよ。何でこんなことになってんだか。現状があたしの意思を無視してる。それがものすごくムカつく。
この世界に来てから感じてる、追ってくるような気配が、すごくムカつく。
だんだんそれが強くなっきてるから、マジでヤバイ。早く。早く帰らないと。
鞄を握りなおして、男に向かって一歩踏み出した。
「連れてってくんないなら、自分で行く。どけよ」
待て。勝手に動くな
ざわりと肌があわ立つ。見れば、長くてごつい指があたしの腕を掴んでいる。
頭に血が昇る。身体が、動く。
意思よりも先に手が男の腕を握って、足がその脇腹目掛けて、蹴り、を。
「わーっ! 待て待て待て待てっ! ストーップ!」
割り込んできた声に、あたしの足が力をなくしたように勢いを失う。
そのまま、ぽてっという音を立てて、全然痛くなさそうな蹴りが男にあたった。
振り返れば、そこには渋谷がいた。バスローブみたいなのは、たぶんパジャマ。裸足のままスニーカーを履いてて、髪には寝癖がついてる。
息を切らせてる渋谷の後ろには兵士がいた。あたしの部屋の前で、見張りをしてたヤツの一人だ。
「ダメダメ、はい終わり! グウェンダル、女の子の腕を掴むのはセクハラだろ! も無言でバトルを始めない!」
ずかずか近づいてきて、渋谷は男の腕を握ってるあたしの手を離し、あたしの腕を握ってる男の手を放す。
そのまま手首を握られて、ちょっと驚いた。・・・・・・何で?
その女が勝手に出歩いていたから呼び止めたまでだ。眞王廟にはすでに言付けをしてあると言っておけ。元の世界に戻る方法が見つかるまでは大人しくしていろ、ともな
、眞王廟には連絡してあるから戻る方法が分かれば教えてくれるってさ。それまではゆっくりしてろって」
・・・・・・さっさと部屋に戻れ
「分かったよ。行こう、
渋谷が、あたしの手を引く。男から離れていく。何で。マジで? 信じらんない。
眞王廟から遠ざかってくのは分かってたけど、それどころじゃなかった。
渋谷に握られた手首。さっきの男とは全然違った。
気持ち悪く、ない。



訳分かんないけど、とりあえず五分くらいは大人しく渋谷の後をついてったけど。
「・・・・・・ねぇ」
「いや、言わなくていい。言わなくていいから。言いたいことは分かってるから」
「じゃあさっさと誰か捕まえて道聞くなり何なりしろよ」
「だって今、夜中の一時だぞ! みんな寝静まってるのに起こしたら失礼じゃんか! 少なくとも俺は起こされたら不機嫌になる!」
「迷子になったヤツがえらそうに言うんじゃねーよ」
「うう・・・・・・何でだろ。どこで間違ったんだろう・・・」
ところどころの明かりだけで、ほとんと真っ暗な廊下。いい加減歩きつかれたし眠くなってきたかも。
気がつけば兵士もいなくなってるし。職務怠慢なんじゃないの? コレでも一応魔王なんでしょ、渋谷って。
「あ、これ見た! 夕飯の前に通ったとこだ!」
急にうるさい声で喋って、渋谷は壁を指差してる。つられて見てみれば、バカでかい絵が飾ってあった。
何これ、写真? それくらいよく出来てる。
「これさ、今までの魔王の肖像画なんだって。俺の前と、その前の魔王はまだないって言ってたけど」
「これ、さっきの男に似てる」
「グウェンダルの先祖だってさ。他にも獅子王とか厳格王とか武豪王とか好戦王とか殺戮王とか残虐王とか・・・・・・」
「あんたが何て呼ばれるのか楽しみだね」
うんざりするくらい並んでる絵の最後。
その一枚を前に、あたしの足が止まる。
目の前の絵には、金髪の青年。それとその後ろにもう一人、いる。
「あぁ、これが俺たちをこっちの世界に連れてきたっていう眞魔国の初代魔王。後ろにいるのは大賢者。この人も双黒だったらしい。他にも聖騎士とかいうのがいるらしいんだけど、その人の絵は別のところにあるって―――・・・・・・」
渋谷の声が遠く聞こえる。
目が、離せない。



足音が聞こえる
誰かの、追ってくる音が
振り向けない
振り向いちゃいけない
振り向けば、そのときはきっと

あたしが、あたしじゃなくなる



ヤだ。泣きそう。怖い。この世界は怖い。
繋がれてた手を、あたしから握り締める。気持ち悪くなんてない。
こっちを向いた渋谷は驚いた顔をしてた。マジ、情けないと思う。でも。
「・・・・・・・・・渋谷・・・」
今一人になったら、たぶんもうダメだと思った。
この世界が本気で怖いと思った。

迫ってくる、足音が、聞こえる。





2006年1月25日