心の中が、ざわざわ言ってる。
この世界にいたくない。早く帰りたい。待っている人間なんていないけど。
だけど今すぐにでも、この世界を去りたい。
心の中が、ざわざわ言ってる。
もう戻れないんだって、あたしの中の何かが言ってる。
Self
目が覚めたとき、周りはまだ暗かった。それが目の前の壁の所為だと気付くのに、ちょっと時間がかかった。
動きにくいシュラフで寝返りを打てば、すぐそばに渋谷の寝顔が見える。
バカみたいに気の抜けた顔。こいつ、本気でバカじゃないの? 何でこんなとこで熟睡できんだか。
いきなり異世界とか魔王とか言われて、疑わないなんて信じられない。どこの坊ちゃんだよ。バカすぎるにもほどがある。
だけど渋谷は、王都に行けば帰る方法が見つかるかもしれないって言った。
だからとりあえずは、こいつらについていこう。それで見つからなかったときは、どうしてくれるんだと詰め寄ればいい。
この世界で生きていく気なんてない。あたしは帰る。待ってる人なんていないけど、必ず。
あたしを掌で転がそうなんて許さない。たとえそれが神とかいうヤツであっても。
あたしをどうにかするヤツは、あたしが絶対に許さない。
「」
声がして振り向けば、ウェラー卿コンラートとかいう男がこっちを見ていた。
その向こうでは渋谷がフォンクライスト卿ギュンターとかいうヤツに乗馬を教わってる。
黒い馬に振り落とされる渋谷。汚れる学ラン。それでもほとんど無理やり練習させられてる。
嫌ならやらなけりゃいいのに。王都に入ったときだけ魔王らしくとか言ってたけど、そんなの所詮付け焼刃でしょ。いずれボロが出るのに何つくろってんだか。
「も乗馬を習ったら? 何なら俺が教えるけれど」
ウェラー卿は、渋谷たちを指差して何か言ってくる。
言葉は通じないけど、何となく意味はわかる。だからあたしも日本語のまま言ってやった。
「いや。あたしは馬なんて乗らないし。これからも乗るつもりはない」
「これは断ってるのかな。楽しいと思うし、ためになると思うんだけど」
「やらないっつってんだろ、オッサン。いい加減に諦めろよ。うざい」
「・・・・・・何か今、とても失礼なことを言われた気がする」
うさんくさい顔で笑ってたウェラー卿が、さらに笑った。エセっぽい。
さっさとどっか行けよ。そう思ってたのに、結局言葉が通じなかったのか、手を伸ばしてきやがる。
触られたくなくて、一歩下がった。だけどその分の距離をウェラー卿は詰めてくる。変態かよ、こいつ。それともロリコンなわけ?
伸びてきた手を払う。ウェラー卿がさらに笑った。その顔、すごいムカつく。
―――叩きのめしてやりたい。
「・・・・・・っ!? コンラッド!」
あたしに触れようとした手首を逆に掴んで、踏み込んで蹴りを食らわす。
左腕でガードされたから、その瞬間に右腕を内側に捻りこむ。だけどすぐに拘束を外された。
距離を取ろうとするのを許さないで追う。顎を狙った掌底はかわされた。その代わりに掛けられる足払い。
ジャンプしてかわせば、その瞬間を狙われる。ムカつく。こいつ、できる。
足払いのため僅かに身を屈めている肩を思い切り掴んで、地を蹴った。
この膝が脳天に入れば、あたしの勝ちだ。そう思ったのに。
「―――・・・・・・っ」
手のひらが膝を受け止め、威力を和らげる。腕の向こうで、ウェラー卿が笑った。頭に血が昇る。
だけどこれ以上接触してれば捕まる。だからすぐに肩から手を放し、離れた。
「!」
「触んじゃねーよ!」
走りよってきた渋谷の手を叩き落す。
「バカ、何やってんだよ! コンラッドも!」
「すみません、陛下。彼女の腕が立ちそうだったので、つい軍人の血が騒いでしまいまして」
「何がついだよ! は女なんだから怪我でもさせたらどうすんだ!」
「そのときは俺が責任を取りますよ。それにしても陛下、彼女はかなりの実力者のようですが、何か武道でもやってたんですか?」
「責任!? 武道って・・・・・・!」
渋谷とウェラー卿の遣り取りが続く。笑顔のウェラー卿からは、さっきの続きをしようなんて気は見えない。
こいつも中途半端かよ。ムカつく。
「・・・・・・はヤンキーだから、喧嘩にも慣れてるんだよ」
「最近の不良は空中技も使うんですか?」
「うるさいっ! いいんだよ、は俺の同中でクラスメイト! それだけで十分だろ!」
渋谷はウェラー卿にわめいた勢いのまま、あたしの方を向く。
何その泣きそうな顔。うるさい。耳元でわめくんじゃねーよ。
「も! 何でいきなりコンラッドに蹴りつけてるんだよっ!?」
「うざい。そいつが近づいてきたから。セクハラされた」
「セクハラ!? コンラッド、セクハラしたのか!?」
「セクハラ? ・・・・・・あぁ、セクシャル・ハラスメントですか? 俺としてはそのつもりはなかったんですけれど」
「セクハラってのは女性がそう感じたらセクハラなんだって! あぁもう・・・・・・っ! !」
渋谷が、あたしの肩を掴んだ。
「は俺が守るから! だからもうケンカするなっ!」
・・・・・・・・・バカじゃないの? こいつ、本気で。
両手を叩き落す。フォンクライスト卿が叫び声をあげたけど、気にしたくもない。うざすぎ。
「いらない。あたしの身は、あたしが守る。あんたは魔王サマなんだから、そこらへんのヤツらに守られてな」
「それでも俺はを守る。だからもうナイフも出さなくていいし、ケンカもするなよ!」
「あたしに命令すんな!」
「するに決まってるだろ! はそんな気ないだろうけど、俺の中でおまえはもう友達なの! 友達がケンカするのなんて見たくないんだよっ!」
「うざいっつってんだろ! あたしに命令すんな!」
「する! ほら、行くぞっ!」
渋谷は乱暴にあたしの手を掴み、歩き出す。
「ふざけんな渋谷! さっさと放せよ!」
「あーあーあー聞こえませーん。コンラッドー、ギュンター、早く行こうぜー」
「テメェはボケ老人かよ! 放しやがれ!」
「前から思ってたんだけど、って言葉遣い悪いよなぁ。まぁ俺は別にいいんだけどさ」
「放せっつってんだろ! 渋谷!」
結局、どんなことをしても渋谷はあたしの手を放さなかった。
馬に乗るときも、乗ってからも、ずっと握っていやがった。何これ。どこのお遊戯かっての。
しかも渋谷は乗馬を習い中だったから、あたしまで無理やり乗せられるし!
ふざけんな、バーカ! マジで放せ!
渋谷の手があたしから離れたのは、王都とかいうところに着く直前だった。
渋谷は魔王だから、一人で馬に乗らなくちゃいけない。くだらない崇拝主義にバカバカしくなる。
ウェラー卿が手招きするのを無視して、後ろからついてく部下の一人に乗せてもらう。
もう一人で乗れそうな気がしたけど、面倒だからこっちの方が楽。乗せてくれる人も文句とか言ってこないし。まぁ言ってても言葉分かんないけど。
王都の感想は、でかい街ってだけ。人間じゃないヤツが結構いたっぽいけど、あんま気になんなかった。
どうせあたしはすぐに元の世界に帰るつもりだし、こっちのことを覚えておこうなんて全然これっぽっちも考えてないから。
馬の上は揺れるけど案外居心地がよくて眠くなる。バイクよりうるさくないし、温かいからかも。
だけどあたしが眠るよりも先に、うるさい声が上がった。
「うわああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「陛下ーっ! 手綱、手綱をっ!」
「コンラートっ! やはりあの馬は、まだ調教が、足りませんよっ!」
渋谷の乗った黒い馬が突っ走ってく。その後を追う、ウェラー卿とフォンクライスト卿。
あたしを乗せてる人が振り向いて何か言ったけど、とりあえず首を横に振っといた。たぶん「追いかけるかどうか」って聞かれたと思うし。
あんな暴走中の馬なんて追いかけたくない。ハンドル取れない分、族よりたち悪い。
後ろからノロノロついてけば、何か兵士みたいなのが動揺してたり、渋谷の方を伺ってたりするのが見える。
渋谷、マジで死ぬんじゃない? そんなことを考えてたら馬は急に止まって、渋谷はそのときは落ちなかったけど結局落ちた。
その向こうに、別のやつらがいた。
でかくて目つきの悪いロンゲと、金髪の生意気そうなタメくらいの男。
そいつらが渋谷に何か言ってるけど、やっぱ分かんない。だから正直どうでも良かった。
つーかあの二人、かなり感じ悪いんだけど。すっげームカつく。顔は確かにいいかもしれないけど、あたしの好みじゃない。
アレなら渋谷の方がまだマシっぽい。まぁ、あたしには関係ないけど。
その後も変なオッサンとかが寄ってきて、渋谷に何か話しかけてた。
あたしの乗ってた馬も到着したから、手を無視して飛び降りる。金髪と何か言い合ってた渋谷がすぐに走ってきた。
「、! あいつら、コンラッドの兄弟なんだって! どう見たって似てなくねぇ!?」
「・・・・・・あのロンゲとキンパが? 何かの間違いじゃないの? 義理?」
「いや、父親が違うだけで血は繋がってるらしいし! しかもあのウィーン少年合唱団OB、82歳とか言ってんだけど!」
「ジジイかよ。騙されてんじゃないの、渋谷」
「やっぱり!?」
金髪をじろじろ見てたら、睨み返された。やっぱムカつく。何あのジジイ。
「―――って! だからケンカ売るなよっ!」
「どうせ言葉が通じないんだから何言ったって平気でしょ。あぁ? 何こっち見てんだよテメェ。文句でもあんの? ヤル気?」
「ああああああっ! だからケンカすんなっ!」
渋谷がまたあたしの手を握って、その場から引きずってく。とりあえず見えなくなる最後まで、金髪を睨んでおいた。
2005年9月17日