!」
ガイコツから降ろしてもらって、ウェラー卿の顔を確認する前に走り出す。
上から見てるとこっちの方に・・・・・・あ、いた!
ぼんやり立ってる後ろ姿。埼玉県内でも悪名高くて有名な県立のセーラー服。
茶髪の髪が風でさらさら揺れてて、俺は思わず足を止めてしまった。その後ろ姿があまりにも儚く見えて。
・・・・・・・・・泣いてるんじゃないかと、思って。
・・・・・・」
だけど、彼女は振り向いた。
「―――何? 渋谷」
気の強い顔はそのままで、笑いもしないは相変わらず美人だった。





Self





「だーかーらー! は俺の元クラスメイトなんだって! カツアゲされてたところを助けてくれて、でもって一緒に便器に吸い込まれちゃったわけ! 怪しいヤツじゃない!」
「ですが陛下・・・・・・」
「あぁもう何なんだよ、その陛下って! 俺は普通の男子高校生だよ! どこにでもいる勉強も運動も普通レベルの野球大好き少年なんだよ! なのに何だよ、ここは! ロシア村じゃないわけ!? 何でこんなとこに俺とが来なきゃなんないんだよ!」
わめいたら、ウェラー卿とやらは困ったように笑った。
さっきのアメフトマッチョほどの美形じゃないけど、こいつもかなりのかっこよさだ。
もしかしては見惚れてるんじゃないかと思ってちらっと見てみれば、は全然違う方向を向いてた。
言葉が判らないから当然かもしれないけど・・・・・・どこ見てるんだ?
「陛下。この国についての説明は、私よりもうまく説明できる者がおります。その者のところへこれから向かうのですが、ご一緒して頂けますか」
「それは全然構わないけど、それって俺だけじゃないよな? も一緒だよな?」
「・・・・・・彼女は陛下と同じ国からいらしたのですね?」
「そうだよ! 同じ日本の同じ埼玉の同じ中学出身だよ! だからいいよな!?」
なんでこんなに必死になってるのか、俺自身もよく判らない。だけどさっき見たの後ろ姿に、一人でいさせちゃダメだって思ったんだ。
ただでさえ訳の判らないところに来てるんだ。俺たちは離れちゃいけない。
「・・・・・・判りました。それでは、彼女にも来てもらいましょう」
ウェラー卿が笑顔で言ってくれた。その爽やかさだからってわけじゃないけど、こいつは話の判るいい人だ!
これでやっと一安心。と思ったのに。
「あたし、行かない」
「―――はぁ!?」
「あたし、行かない。ここにいる」
「え、何で!?」
慌てて振り向けば、はどこか遠くを見てた。俺も同じようにしてみるけど、見えるのはアルプスみたいな空と山だけ。
特になにもないと思うけど、は睨むようにそっちを見てる。
「そいつらが安心できるって保証がない。もしかしたら変なところにつれてかれて売られるかもしれない」
「売られ・・・っ!?」
俺は思わずウェラー卿を見てしまった。バッチリ目が合って、にこにこと笑顔を返される。
あの爽やかな笑顔の下で、俺たちを売る計画を立ててるのか・・・!? そんな! あの爽やかさが偽物なら俺は何を信じればいいんだ!?
「あたしにはナイフがあるし、たぶん一人でも大丈夫。渋谷はそいつらと行けば」
「なっ! ダメだ、一人は危ないって! さっきみたいなことになったらどうすんだよ!」
「のして逃げる」
「ますますダメだって! いいじゃん、売られそうになったらまた逃げればいいよ!」
「さっきの金髪男とやりあってたのを見る限り、そこの茶髪はかなり強そうだけど。それでも逃げられると思うわけ?」
「思う、ことにする! それになんか俺、陛下みたいだし! だからたぶん大丈夫!」
陛下なんて怪しすぎるけど、っていうかみたいに慎重になるべきなんだろうけど、でもここに知り合いがいないのはマジっぽいし。
だったらどの道ついてくべきだと思うんだよ、俺は。それで何かが起こったら、そのときに対処すればいい。
このままここにいたって進展はなさそうだから、行った方がいいと思う。
「・・・・・・渋谷は楽天家すぎる」
のネガティブと足して割ればいいじゃん。だから、さ?」
「何かあったらあたし、あんたを置いて先に逃げるよ。それでも?」
その言葉に、正直ちょっとショックを受けたりしたけど、でもそれは当然だと思う。
二人でやられるより、どっちか一人でも無事の方がいいしな。だから俺は頷いて手を伸ばした。
「いいよ、それで。―――行こう」
遠くを見てたはやっと振り向いて、でも差し出した手は取ってくれなかった。うう、彼女いない暦約16年の俺の精一杯の勇気だったのに。
でもまぁ、が相手じゃ仕方ないと思うことにする。だっては俺たちの中学でもかなりの美人で有名だったしなぁ。
ヤンキーだけど。



ウェラー卿と馬にタンデムすること半日。もうすっげー尻が痛い。馬がこんなに揺れるもんだとは思わなかったよ!
なのにってば寝てるし! 馬の上で寝れるってすごいんじゃないか!? しかも何で落ちないんだ!
ウェラー卿の部下の一人とタンデムしてたは、『落とすんじゃねーぞ』ってくらいの勢いで、部下の人に抱きついてた。つーか腰にしがみ付いて、完璧な体制で寝てた。
しがみ付かれてる相手はずっと真っ赤だったな。うん、でも同じ男としてその気持ちは判らないでもない。男なら誰だって美人に抱きつかれたら浮かれるって。
でもってそんなは、俺がウェラー卿と灰色のロンゲの超美形に衝撃の事実を告げられている間も、馬の上で寝てた。
つまりここが日本じゃなくて、しかも異世界だってことを知らされたときもは寝てた! うわ、普通ここがメインじゃないの!? なのになんで俺とダブルキャストを張ってるはずのは聞いてないんだよ!
これまたかっこいい部下の人も鼻の下伸ばして抱きつかれたままになってるし、いいのかこれで!? 本当に!?
「とにかく陛下、こんな場所ではお話もできません。むさ苦しいところですが、どうぞ中へ」
「へ? あ、うん。でもちょっと待って・・・・・・!」
超美形に背中を押されながらも、どうにかを呼ぶ。抱きつかれてる部下の人はを起こすことが出来ないようで、代わりにウェラー卿―――コンラッドが近づいて、を起こした。
言葉が通じないからポンポンッと肩を叩いて、薄目を開けたに俺を指差してみせてる。
まだ眠そうだけれど、はコンラッドから差し出された手を断って、一人で馬から飛び降りた。さすがだ。
だけどその際にセーラー服のスカートがめくれて・・・・・・。
「―――っ!」
息を呑んだのは俺だけじゃないはず! コンラッドも超美形も部下の人だって息を呑んだはずっ!
うわぁ! そうだよ、はスカート丈が短いんだよ! 膝上20センチのマイクロミニなんだよっ! そんなの中学のときから分かってたのに、何で忘れてたんだ、俺!
しかもは短パン履いてないし! それこそ目の保養・・・って落ち着け、俺! 頑張れ、俺! いややっぱ頑張るな!?
「渋谷」
「うはははははははいっ!?」
「・・・・・・あたし言葉判んないし、聞いても無駄だから寝てる。後で要点だけ教えて」
「あぁ、うん、分かった。おやすみ」
はさっさと家に入ると、さっさとソファーを見つけて横になった。だからスカートが短いんだって・・・!
そんな俺の葛藤に気付いたのか、コンラッドがどこかから見つけてきたらしいタオルケットをにかける。よし、これで一安心だ。
「陛下・・・・・・こちらの方は? 陛下のお知り合いですか?」
超美形―――フォンクライスト卿が、聞いてくる。
「あぁ、そうだけど。俺と同じ中学だったんだ。三年のときのクラスメイト」
「クラ・・・・・・? まぁ、あの方のことは後でお話するとして、先にこの国のことについてご説明申し上げますね」
「あーはい、よろしくオネガイシマス」
湿った学ランを脱いで、薪ストーブの近くに広げようとする。
その後何でか知らないけどハイテンションになったフォンクライスト卿の信じられない話を、俺はしばらく聞く羽目になった。
ここがマジで異世界だとか、日本じゃないとか、俺の魂が元々こっちの世界のものだとか、ドラゴンは希少種だとか。
突然のことすぎて訳判んなくなってきた。しかも人間を滅ぼせって、そんな、急に、何バカなこと言ってんだか。
しかも俺が魔王陛下って、マジで何言ってんだか! そんなのエイプリルフールでもありえないって!
「嘘じゃありません、陛下! ほんとにあなたが魔王なんです」
フォンクライスト卿―――ギュンターは、キラキラした目でやけに誇らしげに言ってくれた。
「おめでとうございます、今日からあなたは魔王です!」
〜〜〜〜〜〜何がおめでたいものか! あぁもうはなんで寝てるんだよっ! こんなの後で説明しろって言われても出来ないって!
あー・・・・・・こんなことなら、あのアメフトマッチョにも言葉が喋れるようにしてもらうんだったなぁ・・・。
今更、後悔。



いろんなことを一気に言われまくって、頭の中はパンク寸前。いや、もうパンクしたのかも。
ギュンターの長い話を休憩って形で遮って、外に出てみる。そのときもはまだソファーで寝たままだ。
もう二時間くらい寝てるんじゃないか? 午前中だって馬の上でずっと寝てたし、このままじゃ夜が寝られなくなりそうだなんて、ちょっと心配してみたり。
出てきた外は家がいくつか見えて村だってことが分かるけど、でも遠くには相変わらずアルプスが見える。
村といえば村田。あいつが逃げたりするから俺とがこんなことになってるんだよなぁ。ちくしょう。帰ったら見てろよ。
「陛下?」
「うっわ、やめてくれ、陛下なんて呼ばないでくれ!」
声をかけられて思わず否定しながら振り向けば、コンラッドが腕組みしたまま壁に寄り掛かってた。
そのちょっと向こうには棒を持った子供が一人。でもってピッチャーらしき子供と、野手らしき子供が二人。
「俺、クリケットのルールは知らないんだけど、一人打ったら次は誰が交代すんの?」
「交代もなにも、この村には子供が五人しかいないんですよ」
五人と言われてよく見てみれば、もう一人は外野にいた。
ピッチャーが振りかぶって投げ、バッターが空振り。コンラッドが三振とアウトを宣言して、これが野球なんだと気付く。
その割りには何で? 何で俺のポジションがないんだ!?
「待て待て、野球ならどうしてキャッチャー置かないの。あんたが座ってやればいいじゃん」
「大人が入ると不公平だから」
「いや、そーいう問題じゃねーよ、そーいう問題じゃ。じゃあそうだな、外野だったやつ。君名前なんてーの?」
「ブランドン」
「じゃあブランドン、おまえキャッチャーやれ。ほらそこにしゃがんで、来た球を受ける。ああもしかしてミットがないのか。それどころじゃない、グラブもないの!?」
「陛下・・・・・・じゃなかったユーリ様、ここは国境の向こうから流れ込んできた難民の村なんです。遊び道具が充実してるわけがない」
コンラッドがそう言った瞬間、子供が俺の手を振りきり、怯えた様子で見上げてきた。
「陛下!? 陛下って、コンラッド、この人だれ!? 母さんたちが言ってた恐い人!?」
「ブランドン!」
コンラッドが何か、考えてもいないことを子供に宣言してくれちゃっている。
だけどそれよりも、何かショックだった。ゲームとかで分かっちゃいたけど、やっぱり魔王って悪役なんだなぁ。子供たちが恐がってるように、首をはねたり、家を焼いたりするのか? 俺が? 魔王だから?
何で俺が魔王なんだろう。双黒とか言うけど、日本人なら誰だってそうじゃないか。こっちの魂とか言うけど、俺はそんなの覚えてない。知らない。なのに何で。
「・・・・・・なぁ、コンラッド」
「はい」
「俺が王様だってのは本当? しかも、泣く子も黙る、大魔王だってのは」
「本当です。大がつくかどうかは定かじゃないけれど、陛下は正真正銘、第二十七代眞魔国君主です」
コンラッドもギュンターもあっさりそう言うけれど、俺はそれが信じられない。
「それじゃ俺も・・・・・・国民の首をはねたりすんのかな」
「それは違う!」
かなり凹んで言った台詞は、コンラッドの恐いくらい真剣な言葉に否定された。
見上げてみれば、やっぱり恐いくらい真剣な顔をしているコンラッドがいる。
「・・・・・・この村の男たちを殺して家を焼いたというのは、彼等が捨ててきた人間の国の、愚かな王のしたことですよ。・・・・・・もっとも、そんな人間ばかりじゃないってことも、覚えておいてほしいです」
その言葉には、俺も頷く。だって俺は人間だから。今まで生きてきた中で、そりゃ確かに助けたのに見捨てられたり、カツアゲされたり、更にカツアゲされかけたりしたけど、でも人間ってのはそんなに悪いものじゃないと思う。
「・・・・・・なんて罠に、はまっちゃったんだろ、俺は」
「だけど、ここがあなたの世界だ」
民家の扉を開けながら、コンラッドは笑った。
「おかえりなさい、陛下。・・・・・・あなたの魂が在るべき場所へ」



「何、コレ」
細い眉を思いっきり顰めた。今回ばかりは俺もと同じ意見だ。
だって何だよ、コレ! 犬でもかじらないような靴の革と、常温でも釘が打てそうな乾燥したパン、噛むより舐める方が歯にいいだろうというドライフルーツ!
これが夕飯!? おいおい、どこに行ったんだよ、異文化コミュニケーションは!
「・・・・・・まずい・・・」
ためしに靴の革、じゃなくて干し肉を噛んでみたら、噛み切れなかった。しかも一口三十回噛まないと飲み込めないし!
はドライフルーツを一つ口に入れて、飴みたいに転がしている。だけど靴の革と乾燥パンには手をつけないで押し返した。
「どうぞ、ご遠慮などせずにお召し上がり下さい」
「こんなの食べ物じゃない」
おお! ギュンターと、言葉はお互いに分からないはずなのに会話が成立してる。
「だけど、腹減ってないのか?」
ずっと寝てたから空いてないのかと思って聞けば、信じられない答えが返ってきた。
「カロリーメート持ってるから、それ食べる」
「えええっ! マジ!? 俺にもちょーだい!」
「ヤだ。減る」
「そんなこと言わずにさ! 俺を救うと思って!」
「・・・・・・うざい」
はずっと手にしてて離さなかった鞄を引寄せて、中からカロリーメートを取り出した。チョコ味。
一袋に二本入ってるその片方を、は俺にくれた。ああ、こんなに美味かったんだ、カロリーメートって!
ちょっともさもさしてて食べにくいのが難点だって思ってたけど、この世界の食べ物より全然イケる! 俺たちの食文化、万歳!
「それで?」
「んん?」
「ここがあたしの世界じゃないのは判った。それで、帰る方法は?」
「あー・・・・・・」
に睨まれて、俺はさっきギュンターに聞いたことを思い出す。えーっと、確かこんなことを言ってたような。
「この国の王都にある眞王廟の巫女なら、判るかもしれないって。俺たちはこれから王都に行くらしい」
「かもしれない。らしい。中途半端ばっか」
「仕方ないだろ。俺だっていきなり魔王とか言われて訳判んねーんだし」
「オメデト、魔王サマ。頑張って人間を滅ぼしてちょうだい」
はそう言ってスープを一口飲むと、鞄から箱を取り出した。化粧を落とすのに使うやつらしいけど、俺にはよく判らない。
でも確か、今日の朝にはポーチを出して化粧してたような。でもってハンドタオルとか、ジャージとかも入ってたような・・・?
「・・・・・・、その鞄の中って、勉強道具とか入ってる?」
「入ってるわけないじゃん。あたしどうせバカ高だし」
これまた持参の歯ブラシセットで歯を磨いて、はさっさとボロボロのシュラフに包まった。
こんなシュラフで文句も言わずに寝られるは、さすがだ。俺よりも男らしいかもしれない。
壁際を向いてしまったの顔は見えないけど、何となく俺は彼女の方を向いて眠った。





2005年8月23日