その日も、いつもと変わらない一日のはずだった。
あたしは昨日までと同じように、明日を生きていくはずだった。
あのとき、渋谷ユーリになんて構いさえしなければ。
Self
めずらしく帰りのホームルームまでいた学校帰り。
この時間って人多いんだよね。うざい。こんなことなら昼でさっさと抜ければよかった。
大宮かどっかでナンパしてくる男にカラオケでも奢らせて、夕飯も奢らせて、ホテルに連れ込まれる前にいつもみたいに逃げてればよかった。
でも今日は三時間目から行ったし、授業中はずっと寝てたからあんま疲れてないんだけど。
これからどーしよっかな。ファミレスか漫喫で時間潰すか。
どうせ家帰っても一人だし、そんなら夕飯食べて帰った方が楽だし。バイク持ってる子を呼んで一緒してもらおうかな。
そう思って携帯を取り出すと、なんか目の前を見たことのあるヤツが走ってった。
外はねの髪に、眼鏡。かっこいいってわけじゃない普通の顔。見たことある。
「・・・・・・ムラタ・・・?」
中学のときのクラスメイトっぽい。下の名前まで覚えてないけど。
確か頭が良かったはず。そうでなきゃ普通のヤツなんて覚えてないし。
あのブレザーどこの学校だろ。どうせムラタのことだから超進学校なんだろうけど。あたしと違って。
「なんとか言えよ渋谷有利!」
「じゃあ原宿は不利なのかよ!」
うるさい声が聞こえてくる。うざいけど見てみれば、公園の中で二人の男が一人の学ランを囲んでた。
見るからにリンチ。たぶんカツアゲ。バッカじゃないの? こんな人通りの多い公園でやるなんてさ。
つーかあいつら、同中だし。カツアゲしてる方は覚えてないけど、されてる方は覚えてる。渋谷ユーリ。
変な名前って思ってたけど、あたしは渋谷っていろいろ店あるから好きだし、そのせいで覚えてた。
あいつ下の名前も変だったから、よく原宿不利とかも言われてたっけ。でもあたしは大宮が最寄り駅だから埼京線派だし、原宿より渋谷の方が便利でよく行く。だからなおさら渋谷ユーリのことは覚えてた。
んなこと思い出してるうちに、渋谷ユーリはトイレに引きずられてく。しかも女子トイレ。うわ、サイアク。
バカじゃん、あいつら。見られたらハズイこと分かってないわけ? つーか変態。
このままシカトしてもいいんだけど、ちょっとムカつく。カツアゲしてるヤツらだけじゃなくて、渋谷ユーリも。
ムカつくからヤツらの金を巻き上げて、それで夕飯食べよ。そう思って、あたしも公園の柵を越えた。
こういうところのトイレって古いし汚いから入りたくないんだよね。ここ使うくらいなら駅の使うよ。
「あんたたちさぁ、カツアゲならもっと目立たないとこでやれば?」
トイレの個室で、渋谷ユーリは便器に顔を押し付けられてた。うっわ、カワイソ。これにはさすがに同情するね。
「あぁ!? なんだテメェ―――・・・・・・ってかよ」
「村田といい原宿不利といい今日は同窓会か?」
「同窓会でもあんたたちみたいのには会いたくないけどね。渋谷ユーリからいくら集金したの? 巻き上げた分とあんたたちの財布置いてさっさと去って」
「はぁ!? ふざけんなテメェ!」
「あたし今、めちゃくちゃムカついてんの。殴り飛ばしてほしい?」
一歩前に出て言ったら、ヤツらは顔を見合わせて舌打ちした。
「・・・・・・テメェみてーなイカレた女なんかと誰がやるかよ」
「救われたな、原宿不利」
千円札を二枚床に投げ捨てて、トイレから出てく。話聞いてないのかよ、あいつら。財布も置いてけって言ったのに。
まぁいいけど。この二千円で渋谷ユーリに奢らせよ。
「ちょっと渋谷ユーリ、あんたいつまで便器に顔突っ込んでんの? 見てるこっちが気持ち悪いからさっさと起きなよ」
学ランの足を蹴飛ばしたら、なんかいきなりもがき出した。手とか足とかバタバタしてるし。まさかハマッたとか? うわ、バッカみたい。はずかしー。
「何してんの―――・・・・・・って掴むんじゃねーよ、バカ!」
変な行動してる渋谷ユーリに足をつかまれて思わず蹴った。それでも放しやがらないし!
便所の床に触った手であたしに触んじゃねーよ! 白ルーズを汚す気かよ! 汚い手で触んじゃねー!
「だからいい加減―――・・・・・・・・・っ!?」
便器に顔つっこんでる渋谷ユーリの背中に拳を叩き込もうとした。だけど、それは出来なかった。
ものすごい力で引きずり込まれている渋谷ユーリに引きずられて、あたしは便器の中に吸い込まれてく。
・・・・・・・・・こんなことなら、やっぱ学校サボっとけばよかった。
すげえムカつく。うざい。つーかいい加減キレる。
何であたしがこんなとこに来なきゃいけないわけ。つーかどこ、ここ。アルプスかよ。大宮じゃないのかよ。
しかも全身濡れてるし。これまさかトイレの水? うわ、サイアク! どれもこれも渋谷ユーリの所為じゃん。さっさと起きろ。ムカつく。
「いたっ! ・・・・・・んー・・・・・・あれ・・・?」
蹴り飛ばしたら、渋谷ユーリが起きた。ぼけっとした顔であたりを見回して。
「・・・・・・アルプス?」
「んなわけねーだろ、バーカ」
「バカとは何だバカとは! ―――・・・・・・って」
振り向いた渋谷ユーリと目が合う。卒業以来だから、この顔見るのも久しぶり。つーか見なくてもよかったんだけど。
こいつの名前は好きだけど、顔とかはどうでもいいし。こんな状況になった今、正直マジでうざい。
なのに何でこんなことになってんだか。渋谷ユーリじゃないけど、どこ、ここ。
「・・・・・・?」
「何」
「・・・・・・・え!? マジ!? 同中だった!? 何でおまえがここにいんだよ! つーかここ、どこ!?」
「あんたがカツアゲされてたとこに居合わせたの。あんたがあたしの足を掴んで放さないから、あたしまで便器に引きずり込まれた。ここがどこだかは、あたしも知らない」
「え、じゃあ、あの声ってだったんだ? 『めちゃくちゃムカついてる』ってやつ」
「そう。あたしムカついてんの。あんたたちから集金してやろうと思ったのに、こんな変な場所に飛ばされるし。ほんとサイアク」
「集金って俺から集金!? しかもあいつらからも!?」
「悪い?」
「悪いっつーか、それはダメって! カツアゲは犯罪だって!」
「うざい。あたしが何しようがあんたには関係ないでしょ」
うるさい渋谷から視線を離すと、また別のヤツが視界に入ってきた。
今度は女。しかも何、あの時代遅れの格好。ロングスカートに三角巾? エプロンにリンゴの入った籠なんていつの時代の人間だよ。
しかも金髪で顔立ちは外人だし。どこのテーマパークなわけ?
「あ、あの、すいません、おどかしちゃったんならほんとにすいません。けどあの俺たちはここに捨てられちゃっただけでして、危害を加えようとか乱暴しようとかいう気持ちは全く・・・」
「ガン飛ばしてんじゃねーよ。何、あんたヤル気?」
「おいっ! せっかく俺が平和的安全解決の道を探ってるのにそれを無にするなよなぁ! あ、すいません、今の嘘ですから。彼女はちょっとヤンキーなだけで」
「殴るよ、渋谷」
「何で!? って・・・・・・・・・」
驚いてた渋谷が息を呑んで周りを見回す。最初は女一人だったのに、今はぞろぞろといっぱい人が集まってきてる。
向けられてる視線がムカつく。何、マジでやっちゃってほしいわけ?
「・・・・・・・ぜ、全員コスプレ?」
バッカじゃないの、こいつ。思わず本気で思った。
最初の女が何か叫び続けてる。その顔、見たことある。リンチ現場に出くわした女が周囲に助けを求めるときみたいな顔。
その声で集まってきた他のやつらの手には、鍬や鎌。・・・・・・何、この状況。
渋谷は何か必死で説明してるけど、見りゃ分かる。こいつらはあたしたちを怖がってる。武器を握る手に力がこもってるのが良い証拠。
人数は十人ちょっと。・・・・・・のせない数じゃない。
「あっ、判った! テーマパークでしょ!」
渋谷が見当違いなこと言ってる間に、ポケットを漁る。携帯じゃない固い感触は、護身用の折りたたみ式ナイフだ。
サバイバルナイフほど頑丈じゃないけど、持ち運びに便利だから重宝してる。それを取り出し、手のひらに滑らせた。
とかやってる間に、案の定始まる。最初の石や砂による攻撃が。
「ちょっとっ、どうして、石、とか、痛っ!」
投げられた石が渋谷に当たる。あたしにも向けられたけど、鞄で遮った。
あぁ何かマジでムカついてきた。何であたしがこんなことされなきゃいけないわけ?
「あっ、あのっ、財布さっき取られちゃったんで入園料が払えないんですけどもっ、その分はきっと後日っ。いえ電話貸してくれさえすれば、本日中にっ! つーかマジ痛っ! 、平気―――・・・・・・ってそりゃヤバイっしょ!」
あたしの手の中のナイフに気づいたのか、渋谷が手を伸ばして押さえ込んでくる。
「まてまてまてまてっ、それはなし! ここはテーマパークなんだから入園料さえ払えば大丈夫だって!」
「バッカじゃないの!? どこのテーマパークに客に石投げてくる店員がいるわけ!? あんたこそ現実しっかり見なさいよ!」
「だからってナイフはなしっ! それじゃがニュースの少女Aに・・・ってもう16だから名前出ちゃうのか!?」
「うざい! 邪魔っ!」
渋谷の腹を蹴飛ばして立ち上がる。投げられてくる石は止まらないけど、それもどうにか鞄で防ぐ。
そこらへんにいるガキを捕まえて、人質にして脅す。そうすりゃ話くらい出来るようになるでしょ。
そう考えたとき、遠くから馬に乗った男が走ってくるのが見えた。
「――――――!」
その男が大声をあげると同時に、投石が止まる。それはいい。それはいいんだけど。
「・・・・・・渋谷。あんた、今の言葉判った?」
「え? あ、いや、判んない」
あたしにも渋谷にも判んない。ってことは日本語と英語じゃない。まさかここ、マジで海外なわけ? そんなこと普通ありえない。
近づいてきた男は、どこからどう見ても外人。でかすぎるガタイ。鍛えられた筋肉が目につきまくる。
そいつはあたしと渋谷を見比べた後で、渋谷の前に膝をついた。
「・・・・・・あの・・・みなさんを宥めてくれて、マジでありがとうござい・・・・・・」
腰を抜かしたままの渋谷の言葉の途中で、男は手を伸ばした。
何をするのかと思えば渋谷の頭を片手で軽々掴む。渋谷が声をあげたところからすると痛いんだろうけど、あたしは傍観した。
これ以上力が強まれば危険だろうけど、これくらいなら、まだ死なない。
案の定少しすると男は手を離して、また訳の判らない言葉でしゃべりだす。
「どうだ? 言葉がわかるようになったか」
「ああーやっぱ外人の口から流暢な日本語が出てくると違和感あるなぁ」
「・・・・・・渋谷?」
意味のわからない眉を顰めると、男が今度はあたしの方を向いて立ち上がった。
手の中のナイフを握り変える。いつだって攻撃できる態勢になると、今度は男が眉を顰めた。
「なんだ、この女は」
「あー、こいつは俺の元クラスメイトの。ちょっとヤンキー入ってるけど、たぶん極悪ではない、と、思う」
「渋谷、あんた何言ってんの?」
「おまえと同じ異界人か。それなら言葉も通じないな」
男の手が伸びてくる。それを避けて後ろに下がり、あたしはナイフをちらつかせる。
「触んじゃねーよ! 大体テメェは何だよ!? ここはどこだ!」
「ふん、こちらの女の方がまだ頭が回っているようだな。双黒じゃないが、まさかこっちが魔王か?」
「双黒って? 確かにの髪は茶髪だけど、でもそれは染めてるんだろうし・・・つーか魔王って何だよ!?」
「渋谷、あんた言葉がわかんの!?」
「あ、あぁ。なんかこのアメフトマッチョのおかげで判るようになったっぽい」
「ふん、だからその女も元がこの世界の魂ならばついでに蓄積言語を引き出してやろうというのに」
「、アメフトマッチョがも言葉が判るようにしてやるって言ってるけど・・・・・・」
「余計なお世話だ! あたしに触るな!」
ナイフで払って距離をとれば、それ以上男は近づいてこなかった。渋谷と向き直って、また訳の判らない言葉で話し始める。
渋谷の言葉は、あたしには日本語に聞こえる。だけど会話が成立してるっぽいから、きっと男には男の言語に聞こえてるんだ。
・・・・・・何、それ。何なの。そんなこと普通出来ないし。
見回せば、渋谷じゃないけどアルプスみたいな景色が広がってる。それに時代遅れの服を着たやつら。
マジでここ、どこ。テーマパークじゃないってことは分かる。だけどどこの国か判らない。それにあたし、パスポートは家に置いたままのはずだ。
あたしと渋谷をこんな外国に置き去りにするなんて、そんなことする必要のあるヤツなんかいないはず。じゃあ、何で。
手の中のナイフ。ポケットの携帯。それと転がってたあたしの鞄。それらをちゃんと握り締める。なんか、ヤな予感がする。
「ユーリ!」
また、知らないヤツの声がした。
「・・・・・・がっ・・・・・・」
渋谷がなんか言おうとして途中で止まったから、同じように空を見上げてみた。
・・・・・・・・・何、あれ。理科室の骨格標本? うちの高校じゃそんなのないけど。昔の生徒が壊したらしいし。
それが今、空を飛んでる。羽がパタパタ動いてる。うわ、キモイ。何あれ。
「住民には剣を向けるな! 彼等は兵士じゃない!」
「ですが閣下っ」
「散らせ!」
駆けてきたのは馬が三頭で、そのうちの二頭が集まってたやつらを散り散りにしてく。
砂埃が起こる中で、さっきのガイコツが降りてくるのが見えた。キモイからちょっと離れたら、そいつは渋谷の両腕を掴んでパタパタと上がってく。
渋谷、まさか気がついてないわけ? マジで?
「フォングランツ・アーダルベルト! 何のつもりで国境に近づく!?」
「相変わらずだなウェラー卿、腰抜けどもの中の勇者さんよっ!」
「俺なんで飛んで・・・・・・・・・うそ!?」
近くでは男たちの剣の音が聞こえて、上からは渋谷の驚いてる声が聞こえてくる。
だけどもう、何かどうでもいい。疲れた。っつーか飽きた。
鞄を肩にかけなおして、とりあえずここから離れよ。巻き込まれたくないし、砂埃の中にいたら髪が汚れる。
「え、あ、! どこ行くんだよー!?」
「うざい。あたし帰る」
「帰るってどこに!? つーか俺も帰りたいし! なぁ、ここから降ろしてくれよ!」
「やだ。そのガイコツ、キモイ」
「ひでぇ! ー!」
上でカタカタとガイコツの音がする。うるさい。マジで何なの。
歩いても景色はやっぱりアルプスもどきだし、馬の蹄の音も鳴り止まないし。
もうヤダ。何ここ。帰る。帰りたい。帰らせてよ。
何か訳判んないけど悔しくなって、唇を噛んだ。痛かった。いつの間にか歩いてた足は止まってた。
だけど景色は、何にも変わっていなかった。
2005年8月23日