10.ラブ・ドール
今もまだ目に焼きついて離れない。自分を庇って立ち塞がった背中。爆撃を受けてオレンジに染まった金糸。輝く青い目が最後に自分を振り向き、力強く笑った。それを最後に、彼は倒れた。逞しい、自分の教え子の中でも群を抜いて優秀だった軍人。死も時間の問題となった彼へ示された可能性は、アルコバレーノへの「作り変え」だった。もともと、優秀ということで候補には入っていたらしい。丁度よく先代の青が死んだため、適合するならもしかしてと言われ、そして。
ラルの元から運ばれていった教え子は、戻ることが無かった。一月経って聞こえてきたのは、青のアルコバレーノ誕生の報だった。
自分を守ったせいでコロネロは、アルコバレーノにさせられてしまった。呪われた赤子。老いることのない化け物。彼は自らの意志ではなく、アルコバレーノになってしまった。だから、だから。
「ラルさんは、自分もアルコバレーノになって、せめて同じ呪いを背負いたい、と」
青空は場違いに爽やかだ。周囲に広がるのは半壊している建物と、物と貸した人間ばかり。心に広がるのは無理だ見込みがないと何度も言ったけれども、それに反して成長した教え子ばかり。愛情を覚えなかったと言ったら嘘になる。それは恋情を含んでいたかもしれない。分からない。ただ、共に居ることが楽しかった。立派な軍人になっていく姿が嬉しかった。頼りなかった少年が逞しい青年へと育ち、それでも変わらず信頼と笑顔を向けられ、いつしか教官としてだけではなく、笑みを返すようになっていた。子供のような行動に眉を吊り上げもしたけれど、共にいれて嬉しかった。いつか一人立ちしていく日を楽しみにしながら、それでも少しだけ寂しく思っていた。愛情と恋情を覚えていた。あの、年下の青年に。
「素敵な方ですわね。金色の髪に、青い瞳。精悍な顔つきに、筋肉質のばねのありそうな身体。素敵ですわ。美味しそう。硬い指先に触れられたら、すぐに感じてしまいそうですわ」
赤裸々な言葉に、十メートル離れた向こうの女を睨む。写真をマントの下にしまい込み、ラルは再度舌打ちした。
「・・・・・・あいつは敵軍の攻撃から俺を守り、重傷を負った。腕を失い、足を失い、内臓も焼け爛れたあいつを生かすためには、アルコバレーノの素質に賭けるしかなかった」
手を握る。自分は教官であるはずなのに、生徒を守ることが出来なかった。逆に守られてしまった。守るべきは自分だったはずなのに。
「俺があいつを、『呪われた赤ん坊』にしたんだ」
生きてさえいてくれたなら。その傲慢な願いが、彼をアルコバレーノにしてしまった。赤ん坊の身体を、老いない自分を、彼はどう思っただろうか。答えは知らない。瀕死の状態で別れて以降、ラルとコロネロは会っていなかった。会う資格さえないと、ラルは思っていた。
「あいつを、あいつの未来を、俺が奪った! あいつには無限の可能性があったのに・・・っ・・・最強の軍人になれたはずなのに! アルコバレーノになんかならなくたって、あいつはっ! コロネロは最強の軍人になれたはずだったのにっ!」
「でも、コロネロさんはアルコバレーノになってしまわれたんですのね。ラルさんを守ったせいで」
「・・・・・・そうだ。俺が、コロネロを」
「だから、ラルさんはご自分もアルコバレーノになって、せめて同じ呪いを背負いたい、と」
「そうだ。せめて、それくらいは」
「わたくし、そういうのを何て言うか知っていますわ」
ぱん、と両手を叩く音がして、ラルが顔を上げるとやはり女は笑っていた。にこにこと穏やかに、乾いてひびの入り始めた血の跡さえなければ、きっと朗らかに。ラルに向かって微笑み、女は言う。
「自慰行為
って言うんですわよね? または、マスターベーション。相手のことなんて考えずに、自分だけが気持ちよくなれる行為ですわ。わたくしも大好きですの!」
ラルの、女の、それぞれの背後に複数の気配が降り立つ。本能が攻撃の態勢を取ろうとするよりも一瞬早く、射ち込まれた針が急激に意識を奪っていく。まっすぐな髪に褐色の肌、目元を覆う黒い仮面。チェルベッロ、と呟くことさえ出来ない。
「候補11、ラル・ミルチ様。候補131、・様。御二方とも、只今より適合審査に移行致します」
動かない腕を取られ、持ち上げられながらラルは思った。これで、きっと、アルコバレーノになれる。あいつの傍に。暗くなっていく視界の中、向かいでも女が運ばれていく。
ついさっき何て言われたのか、ラルは思い出すよりも先に、意識を失った。
考えるなと、頭の中で何かが言った。
2007年6月2日