9.神様に愛された子供





銃は小銃から散弾銃、機関銃。他にもナイフや剣、棍棒、ヌンチャク、ハンマーに槍、トライデントなど様々な武器が飛び交い、当然のごとく拳がぶつかり合って、人間は見る間に死体へと変わっていく。手榴弾によって爆破された食堂から転がり出て、ラルは廊下を駆けた。一瞬遅れて出てきた男を二発で仕留め、ショットガンを自動式から手動式に切り替える。今は一瞬がすべてを決める。弾詰まりは許されない。人間の気配に向けて、ラルはひたすらトリガーを引き続けた。恐怖はなかった。ここで死ぬわけにはいかない。生きて、アルコバレーノにならなければ。そのためだけに、ラルは戦っていた。

アルコバレーノは、産まれつきその存在であるわけではない。選ばれた人間が、アルコバレーノに「作り変えられる」のだ。
アルコバレーノは虹の色になぞらえて、七人のみと決まっている。そのうちの誰かが死亡したときにのみ、新たなアルコバレーノが「作られて補充」されるのだ。条件は多種多様あるが、何より強さと、そしてその道のエキスパートであることが求められる。
「作り変えられる」工程は秘されているため、誰も知らない。ただ、選ばれたものだけが、アルコバレーノになることが出来る。成長することはない赤ん坊の身体でありながら、最強の身体能力、そして「アルコバレーノ」の冠を与えられるのだ。
ラルは、それが欲しかった。老いることのない身体でも、最強の能力でも、アルコバレーノの名でもない。そのどれもがいらないけれど、そのすべてが欲しかった。手に入れなくてはいけないと思っていた。手に入れなくては、申し訳が立たない。
あいつは、自分のために、「呪われて」しまったのだから。

フランキ・スパス12のシェルを何回交換しただろうか。最初のときにチェルベッロは候補者同士の戦闘について一切関知しないと言っていたが、ここまで建物が破壊されても静観しているあたりに、自分たちが手のひらで踊らされていることを否応なしに悟らされる。おそらく、10人前後の候補者だけが次のステップに進めるというのも詭弁なのだろう。単純に強い者だけを選抜する、最も効果的な方法。それに従い、自分たちは殺しあってきた。奇襲、逆襲、狙撃、暗殺、様々な殺しの形があっただろう。その中を生き残ることが出来た者に、最低限の資格が与えられるのだ。でも、それだって絶対ではない。
最終的にアルコバレーノになれるのは、「作り変えられる」工程に耐えられた者、それだけだ。
五階建てだった建物は、すでに中央で二つに分断されていた。手榴弾で抜かれた天井の向こうには空が見え、人間の一部がばらばらとラルの視界を縦に横切り、階下へと落ちていく。あれはすべて五階にあったものだろう。つまり、の殺した人間。
今まで気づけなかった自分に、ラルは舌打ちした。リリスかどうかはともかくとして、アルコバレーノの候補に選ばれた人間なのだ。人を殺したことくらいはあると思っていた。だが、予想以上だった。擬態を見抜けなかったのではない。擬態ではなかったのだ。あれは、紙一重。紙一重で一般人から、人から外れた生き物。すべてが異質だったから、気づけなかった。
「ラールーさーん」
呼ぶ声は穏やかだ。思えば女の声はいつだって荒げられたりすることがなかった。恍惚に輝き、艶やかさを帯びはするけれども、負の感情を出すことはなかった。殺戮と性行為を同等に語り、スープが美味しいと笑い、また明日と手を振っていた。十メートルの分断された空間の向こう、血濡れの女が立っている。
「ラルさーん、生きてらっしゃいます?」
「・・・・・・あぁ。そっちは、おまえ一人か」
「そのようですわ。そちらは、ラルさんお一人で?」
「あぁ」
「ではわたくしたち、二人きりになってしまったのですね」
寂しいですわ、と言いながら、女は廊下の端に座り込む。その顔にはすでに眼鏡が無く、緑の眼を直接見ることが出来た。顔と髪の大半は、乾いた血液で赤黒くなっていたけれども。
「弾を無駄にしただけだったな。本当は、候補者同士の潰し合いには何の意味もない」
「そんなことありませんわ。わたくし、とても気持ちよかったですもの」
「アルコバレーノに選ばれるのは、最後に生き残った者ではない。素質のある者だ」
「まぁ、そうなんですの。その素質とは何かご存知でして?」
「さぁな。だが、それを持っているのは万人に一人の確率らしい。そうでなくても、なり損ないになれるのは千人に一人とか」
事実、ラルは素質が何なのかを知らない。適合するかしないか、おそらくそれだけなのだろう。そして、あいつは適合してしまった。自分のせいで適合し、呪われてしまった。
「ラルさんは、どうしてアルコバレーノになりたいんですの?」
女の問いかけに、手の中のショットガンを見下ろす。マントの下、一枚の写真をラルは肌身離さず身につけていた。自分と、教え子の写っている写真。取り出したそれを眺め、きつく唇を噛み締める。自分がアルコバレーノになりたい理由は、ただ一つ。

「俺のせいで・・・・・・コロネロが、アルコバレーノになったからだ」





笑っている、あいつの顔は、写真の中で止まっている。
2007年6月2日