7.Metamorphosis
リリス―――その語源はユダヤ伝承の死海文書から来ていると云われる。彼女の元へ行った者は誰も戻らず、命の道へ帰り着かない。リリスの門は死への門であり、その玄関は冥界へと向かわせる。危うくて魅力的な女性、それがリリス。夜の魔女。もしくはアダムの最初の妻。多くの悪魔と交わり、無数のリリンを産み落とした。男を誘惑し、その精と生を奪う夢魔。そして何よりイタリアマフィアでは。
三年前、ロストラーダ・ファミリーを壊滅させた女の名。
次の瞬間、自らに向いた四方からの武器に、女はきょとんと眼鏡の奥の目を瞬かせる。さすがに日替わりとはいかないらしいが、眼鏡も服装に合わせて似合いのものをかけている。細いシルバーのフレームが、右手によって上下に動いた。
「リリス―――・・・・・・!」
「はい、そうですわ」
「ロストラーダ・ファミリーを皆殺しにした女!」
「はい、そうですわ」
「ヤッた相手は必ず殺す、殺人鬼・・・!」
「あら、それは違いましてよ。殺しはしますけれど、わたくし、殺人鬼ではありませんわ。だって、殺すまでがセックスの一環ですもの」
可笑しな方、と唇を少しだけ吊り上げる様は、やはり不出来な子供を前にしているかのよう。ラルもショットガンを女に向けて構えていた。リリス、その名はマフィア界で広く知られている。肉体関係を持った者がすべて殺されていることから明確な人物像は伝えられていなかったが、それでも女だと言われていた。夜の魔女、最初の女、誘惑し命を食らう、夢の中の悪魔。
「わたくしの中に穿たれたペニス。それを切断するときの悦び。相手の方を完全にわたくしのものにしたときの恍惚・・・・・・あぁ、筆舌に尽くしがたいですわ。胸部に走らせたナイフを追って血液が赤い線を描きますの。その内から覗く肉。血管、神経、聞こえてくる叫び声。最後の抵抗。そう、殺すまでがセックスですわ。息絶えた相手の方の上で、わたくし、ようやくオーガズムを迎えることが出来ますの。そのときの快感といったら」
蕩けるように女が笑う。楚々として手の当てられた頬はうっすらと赤みを帯びており、高揚していることが見て取れる。伏せられた睫毛が何とも言えない艶を出しており、口紅の塗られている唇は、ぷるりと瑞々しさを演出している。一瞬前までは地味でしかなかった印象が、今は緩やかに変化しつつあった。吐息が色を帯びていく。透き通るような肌が輝きを増していく。女自身が変わっているはずはないのに、纏う空気は確実に変貌している。艶麗さが、顔を覗かせた。
「ですからわたくし、アルコバレーノになんてなりたくありませんの。赤ん坊の小さな膣では、亀頭だけでいっぱいになってしまいそうでしょう? 口も手も小さくて、きっとフェラチオも満足に出来ませんわ。そんなの絶対に嫌ですの。ですからここから早く逃げ出したいというのに」
ふう、と悩ましげな溜息が零れ落ちる。武器を向けている男たちの喉がごくりと動いた。同性のラルでさえ、ざわりと背筋があわ立った。
「まさか・・・っ・・・五階の人間は、おまえが・・・!?」
震えている声は一体何が理由だったのか。シルバーブロンドの髪を傾かせ、女は何でもないことのように問いに答える。
「さぁ、存じ上げませんわ。わたくしは、わたくしの部屋にお見えになった方のお相手をしただけですもの。有名なマフィアの方でも、やはりセックスは人によって上手い下手が御座いますのね。一番お上手だったのは、そう、ダビド・ゾフさんでしたわ。乱暴で、自分本位で、大きなペニスをお持ちでした」
ちらりと、赤い舌が唇を舐める。
「咥えさせられて、噛み切ったときの、あの絶叫といったらもう」
気持ちが良かった、と女が呟くのと、向けられていた武器の一つが火を吹いたのは同時だった。
さぁ、踊りになって。わたくしのために踊りになって。
2007年6月1日