6.名前を呼んで





候補者が残り15人になったところで、状況は膠着に陥った。夜の襲撃も止み、誰もが隙を窺いながらも迂闊に手を出せない。それだけ、生き残っている者はてだればかりになっていた。広く名を知られている者、密かに実力者と呼ばれていた者、ラルのように公的にも高い立場にいる者。実力が拮抗してきたため、じりじりと削りあう精神的な勝負が始まった。その中でも異質なのは、という名の女だった。毎日異なる洋服を身に纏い、楚々と眼鏡を直しながら笑みを浮かべ、穏やかな声で喋り笑う。女が武器を手に取る姿を、見たことのある者はいなかった。得体が知れない。アルコバレーノになるつもりがないと公言しているからこその無視も限界に来ていた。だからそれは、当然のことだったのだろう。
「おい、おまえ」
昼食の席だった。人数が減った分だけ広く感じる食堂で、今日も女はラルの向かいを陣取っていた。選抜三日目ですでに女性は彼ら二人だけになっていたので、食事の席はほとんど共にしていた。だからといって親しくなったわけではない。当たり障りのない会話ばかりを交わしていた。そんな中、少し離れた距離からかけられた声に女が顔を上げる。小首を傾げ、シルバーブロンドの髪を揺らす。
「今のは、わたくしへの呼びかけでして?」
「あぁ。候補131、
と呼んで下さって結構でしてよ。わたくしに、何か御用かしら」
「おまえ、一体何者だ」
なにもの、と女は呟く。今日の服装はやはりスカートで、花柄のプリントがされている。黒のキャミソールに揃いのカーディガンを合わせ、胸元を飾るのは大輪の花を模したコサージュ。パスタを絡めていたフォークが下ろされる。
食堂の人間はすべてが女に視線を向けていた。対面のラルもそれは同じで、女の唇をじっと見詰める。女はいつでも化粧をしており、やはり一般人のようにしか見えない。
「何者と申されましても、わたくしはわたくし、と答える他ありませんわ」
「どこのファミリーのもんだ」
「ファミリーには属しておりませんの。マフィアになったつもりもありませんし、そんなわたくしがどうしてアルコバレーノの候補になったのか不思議でなりませんわ。赤ん坊になんて、なりたくなんかありませんのに」
「マフィアじゃない?」
はぁ、という女の溜息と、男の訝しげな声が重なる。ここにいる者は多かれ少なかれ裏世界に関わりがある。イタリアで裏といえば、マフィアとは切っても切れない関係だ。それなのにマフィアではないと言う女の言葉は不可解で、より一層異質さを際立たせる。
「おまえ・・・・・・何者だ?」
「ですから、わたくしはですわ」
困ったように、駄々っ子を宥めるような声音で、女は言う。

「人によっては―――リリス―――と呼ばれる方もいらっしゃるようですけれど」





悲鳴が、上がった。
2007年6月1日