3.化け物を望む者
アルコバレーノ。それはイタリア語で虹を意味する、マフィア界で最も名の知られた七人の赤ん坊のことを指す。黄色のおしゃぶりを持つ赤ん坊はヒットマン。青のおしゃぶりを持つ赤ん坊は軍人。他にも軍師や科学者、術者など、種類は違えど彼らは最強の名を冠している。アルコバレーノは「呪われた赤子」とも言われていが、最強の存在であることは事実だった。この世界最強の、化け物。
「八代目、アルコバレーノ・・・・・・?」
集団の中、男が呟いた。ざわりざわりと囁きが広がりかけるが、誰もが自然と口を閉ざしてスピーカーを見上げる。イタリアマフィア界に属する者で、アルコバレーノを知らない存在などいない。二頭身の赤ん坊がどんなに恐れられているか。その力がどんなに強大か。どんなに扱いづらいか。どんなに化け物か。噂は尾ひれをつけて広がっていく。だが、アルコバレーノがどう作られるかを知っている者はいなかった。その「呪い」がどんなものかは知っていても、それらは生まれたときから「アルコバレーノ」なのだと思っているのが大半だった。
『これから皆様に試験を受けて頂き、当方でアルコバレーノに相応しい素質をお持ちだと判断した方のみ、次のステップに進んで頂きます』
速まる鼓動を抑えようと、ラル・ミルチは自身の胸に手を当てる。アルコバレーノ。囁きが繰り返される。赤ん坊に、自分たちがなる? それはまるで性質の悪いジョークのようだった。けれど、最強の名は魅力的だった。今ここに集められているのが、イタリアマフィア界でもある一定以上に名の知れた者ばかりだったから。フリーのヒットマン、どこぞのファミリーの右腕、開発者、能力者、殺人鬼、多種多様。共通しているのは、誰もが皆、腕の立つ者ということだけだった。だからこそ、最強の名は魅力的だ。それにアルコバレーノは老いと無縁。与えられる身体は赤ん坊のものだけれど、そこには無尽蔵の身体的能力が備わっている。それでいて、成長することは無いと言われている。アルコバレーノは老いと無縁。人間ならば避けられない年齢による衰えに、脅えなくてすむ唯一の化け物。いいな、と誰かが呟いた。
『試験の間、皆様にはこの建物で生活して頂きます。スケジュール表はそれぞれの部屋の机の上に置いてありますのでご参照下さい。試験以外の間は好きに過ごして頂いて構いませんが、敷地外への出歩きはご遠慮下さい』
「選抜は、どんな基準で行われるんだ?」
『選出候補55、アルベルト・クネゴ様。選抜基準は申し上げられませんが、皆様には戦闘能力、知力、精神力他、様々な試験を受けて頂きます』
「次のステップに行けるのは何人?」
『選出候補70、タツゥオ・ペッタキ様。はっきりとは決まっておりませんが、10名前後とお考え下さい』
「候補者同士の潰し合いは?」
『選出候補8、ダビド・ゾフ様。候補者同士の戦闘につきましては、我々は一切関知致しません』
「了解した」
三人目の名前に場が僅かに張り詰めた。二メートルの上背と筋肉質の身体を誇っている男の名を知っている者は多かった。ダビド・ゾフ。ブッフォン・ファミリーの幹部であり、頭蓋骨を素手で砕くという豪腕の持ち主。残虐で好戦的で、そして意外に頭が回る。危険人物を顔と共に記憶に刻みつけ、それぞれが注意深く周囲を見回す。はい、と手を挙げたのは、最後に入ってきたシルバーブロンドの女だった。
『選出候補131、・様』
呼ばれた名は聞いたことの無いものだった。眼鏡をかけている地味な女は、スピーカーを見上げて問う。
「わたくし、アルコバレーノになどなりたくありませんわ。解放して下さらない?」
『それは出来ません』
「まぁ、それは困りましたわね」
大して困っていないような声音で、女は頬に手を添えた。
「ここから逃げることは許して頂けて?」
『敷地外への逃亡は認められません。追っ手を出すことになります』
「そうですの。つまり逃げられるのなら逃げても良いということかしら。ありがとう、結構でしてよ」
女は武器を構えていなかった。直毛の髪を背に遊ばせ、膝丈のスカートにパンプス、そしてパフスリーブのニットとブラウスを纏っている姿はこの部屋で異質なものだった。マフィアは外見から想像されるものがすべてではないが、それでもなお一般人にしか見えない、異質な空気の女だった。ラルはちらりと視線を向け、そしてすぐに戻す。スピーカーが再び鳴った。
『それでは皆様、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ』
それは戦闘開始の合図だった。
最強の名。魅入られた者が暴走を始める。
2007年5月31日