8.最愛
仕事が遅くなったり遊びの帰りだったりで零時を過ぎることは時々あるけど、さすがに二時を超えた街を歩くのは久しぶりだわー。何かちょっと懐かしい。私がお勤めしてたのは時音が正式に二十二代目を継いだ七歳まで、つまり私は十二歳までだし、その後代理で行くことも何回かあったけど、でもやっぱり懐かしいわ。白尾を横にはべらせて、これで結界師装束で天穴持ってたらまるであの頃に逆戻り。
「学校も変わってないわねー。今もあやかし、結構出てるの?」
「出てるな。レディの頃に比べると数も増えてるぜ」
「うーわー・・・時音と良、大変そう」
馬鹿正直に校門を飛び越えるのもアレだし、裏手の壁に結界で階段を作って校内に入る。その瞬間からまとわりつく、ざわりとした感覚。あーもう、だから来たくなかったのよねぇ。
「白尾、そこで待ってて」
言い残してから、校庭の真ん中に足を進める。ああ、うっわ、ざわざわ感覚が強くなってくし。仁王立ちで地面を見下ろせば、相変わらずの校庭だけど気配が歓喜に変わってる。何、パンプスのヒールで踏みつけられて嬉しいわけ? あんたマゾ?
「・・・久しぶりね、烏森」
蹴りつけると更に喜ぶから、やっぱりマゾ決定ね。
「元気そうで何よりだわ。一応、あんたを守る家系に生まれたわけだしね、無事を喜んであげる。だけど余計なものばっか引き寄せてるんじゃないわよ。時音と良がいい迷惑でしょ」
ざわりざわり、烏森が笑う。
「私? 私はもう家を出たの。帰ってくる気はないわ。あんたが時音を正統後継者に選んだんでしょ。だからこそ私は世界に出て行くの」
ざわりざわり、烏森が震える。
「うるさいわね。知ってるわよ。だけど私がしつこい奴が嫌いなの、あんたも知ってるでしょ? 大概にしなさいよ。二十一年も同じやり取りさせないでくれる? いい加減うざいんだけど」
ざわりざわり、烏森が泣く。
「だからってわざとあやかしを呼び寄せたりしたら、あんた本気で壊すわよ。まぁ、私には壊せないだろうけど、でも正守が本気でやりそうだし? 気をつけなさいよね。一応、忠告くらいはしておいてあげるわ」
ざわりざわり、烏森が呼ぶ。
「はあ? 何言ってんの? 私は忙しいの。引っ張りだこの大人気派遣社員なのよ。今度の週末にはバーゲンに行かなきゃだし、そうそう帰ってくる暇なんてない。あんたの相手なんて出来ないわ」
ざわりざわり、烏森が強請る。
「ああそう、言葉だけでいいなら幾らでも言ってあげるわよ。だからおとなしくしてなさいよね。誰にも迷惑なんかかけずに」
ざわりざわり、烏森がはしゃぐ。
「・・・大好きよ、愛しているわ、私の大事な烏森」
ざあっと力の放出が風のようにさざめいて、校庭の隅に並んでいる木を揺らす。あ、ちょっと白尾。飛んでいかないよう気をつけてよー。可能性が高そうなので念糸で捕まえて引っ張る。情けない声で鳴かないの。
「レディ、あんまり烏森を喜ばせるなよ。ただでさえレディは烏森に愛されてるんだからさ」
「分かってる。今のはただのリップサービスよ。これでしばらくはおとなしくしてるでしょ」
喋っている間に力が治まり、いつもどおりの校庭が戻ってくる。だけど・・・あれ、何? 校庭のど真ん中に、ころんと転がっている物体。一瞬前まではなかったけど、あれって。
「たまご?」
「レディ、気をつけろ」
「たぶん平気。烏森からの貢物だろうし」
それでも一応、指で突いて何も起きないことを確かめてから取り上げる。大きさはそこらへんの卵と同じね。だけど烏森が産んだものだしねー・・・。さすがに食べる気はしないけど、放置していくのも危なそうだし、とりあえずは持って帰るか。
「それじゃ白尾、またね。おばあちゃんにもよろしく言っといて」
結界を作り、マンションと繋げる。烏森にいるからすごく楽だわー。いつもより簡単に場所を繋げる。
「レディは相変わらず空間を結ぶのが上手いな」
「異界じゃなければ結構楽よ? パワーは墨村だけど、テクニックは雪村。そうでしょ?」
卵と鞄、それとお母さんのご飯を詰め込んできたタッパー入り紙袋を片手に手を振った。
「またね」
「またな、レディ」
白尾がふわふわと尻尾を振った。ほぼ一瞬で辿り着いたのはマンションの玄関。さすが私、土足なことを考えてちゃんと玄関だわー。さあ、仕事まで後三時間は寝れるわよね。うん、寝よ寝よ。なんかこの週末、微妙に休んだ気もしないし。
・・・それにしてもこの卵、どうすればいいのよ。冷蔵庫に入れておいていいの? あーでもそうしたら食べちゃいそうだし。とりあえずテーブルの上にでも置いておくとするか。
この烏森の中身が宙心丸なわけですよ、はい。姉さんは知りませんが。
2011年8月21日