6.彼岸で会いましょう





お勤めを終えて帰ってきた時音と少し話をしてから同じ部屋で寝て、土曜日の朝は寝過ごしてお母さんに怒られて、午前中は夜行の人たちの修行っぽいものを見て、時音にせがまれたから組み手の相手を少しして、午後は時音と買い物に出かけた。夕飯は久しぶりのお母さんの手料理で、まーちょっとくらいは手伝って、その後は時音も夜行の人たちも仮眠を取るっぽいから、先にお風呂に入った。で、時音のキャミソールと短パンを借りてお母さんとのんびり話とかしていたら。
「うっざー・・・」
窓の外に黒いカラスを発見。誰の式神が一発で分かるし。本気でうざい。でも放っておくと実体が来そうだからさらにむかつく。
「お母さん、ちょっと隣行ってくる」
「いってらっしゃい。正守君によろしくね」
「絶対しない」
サンダルを履いて玄関を出て、墨村に面している側の庭に向かう。歩きながら「結」と呟いて、結界で階段を作成。条件指定で壁抜けも出来るけど、距離が短いからこの方が楽。最上段で見下ろせば、案の定隣の庭に正守が立っていた。三年経っても坊主のままだし、こいつ。
「・・・おまえね、男所帯に来るんだから、もうちょっと気を使ってくれる?」
「二十二時過ぎに女を呼び出すような彼氏でもない男にやる気遣いはないわ」
「まあいいけどね、眼福だし」
和装で肩をすくめるこいつはホントに同じ年なの? 階段を下りていけば、母屋の方からちらちら視線が向けられてるのに気づくし。あれが夜行の男衆? 何ていうか・・・むさくるしい気がするんだけど、気のせいじゃないわよね。
「久しぶりだな、。元気だった?」
「おかげさまでね。あんたこそ死んでなかったようで何よりだわ」
「手厳しいな。おまえ今、派遣社員で働いてるんだって?」
「そうよ。大手外資系の社長専属通訳。ちなみに時給二千五百円」
「・・・それは稼ぎすぎじゃないのか?」
「それだけの価値が私にあるってことでしょ? 高校三年間を語学習得と資格ゲットに費やしたんだから、ようやく報われるってもんよ」
そうなのよねー。家を出ていくなら自分で自分を養いなさいっておばあちゃんが言うもんだから、そりゃ必死に勉強したわよ。おかげさまでこうしてリッチな生活出来てるし、烏森の外で人生謳歌してるから万々歳なんだけど。
「おまえ、昔から出て行きたがってたもんなぁ」
腕を組んで正守が笑ってる。こいつが出て行ったのは、中学を卒業した直後だった。
「あんたとは違ってこの世界から足を洗いたかったからね。生きる手段を身につけるのは当然だったし、いい経験させてもらったと思ってる」
「結界術はまだ使ってるんだろ?」
「当然。満員電車とは無縁の生活を送ってるわ。知ってる? 派遣って基本的に交通費出ないのよ」
「夜行さ、人手が足りないんだよね」
「悪いけど将来の野望は烏森壊滅じゃなくて外国御曹司の妻になることだから。せっかく正統後継者じゃないのよ? 烏森どころか世界に出てくに決まってるでしょ。っていうか、その話は三年前に終わった」
私が高校を卒業して、雪村を出て行くとき。珍しく墨村に帰ってきてた正守に、今と同じように誘われた。でもって今と同じように断った。
「私がしつこい男が嫌いなの、知ってるわよね?」
「知ってるよ。だけどおまえ、何度も言わなきゃ靡いてくれないだろう」
「何度言われたって靡かないわよ。つーか、いい? 私は正統後継者じゃなくてこれ幸いと世界中を謳歌するつもりなの。裏世界には一切関わりません。どっか知らないところでやってちょうだい。時音のお願いじゃなきゃ烏森に帰ってきたりさえしないわよ」
「・・・
ひとつ間を置くようにして、正守は言った。
「俺は、おまえに傍にいて欲しいんだけど?」
「その台詞、真顔で言えるようになってから出直してきて。堕ちていく男の手を取る気はないわ」
「・・・ほんと、手厳しい」
苦笑いを浮かべて、正守は肩を揺らす。こいつのしつこさも大概よね。昔っから捻じ曲がってる奴だけど、ここ数年で拍車がかかったんじゃないの。これじゃこいつの感情を最もぶつけられる良が可哀想でならないわ。
「じゃ、携帯番号教えてよ」
「美希に教えたから、用があったら美希を経由して」
「デートの申し込みを刃鳥経由で? それはないだろ」
「あんたの誘いって碌なものだった例がないもの」
「銀座に行こうか。それとも丸の内? おまえの好きなところでいいよ」
「何、夜行って暇なわけ?」
「時間を作るんだって、おまえのために」
「それで部下に皺寄せが行ったら頭領の意味ないでしょ。あんたはせいぜい目的のために馬車馬のごとく働いてれば」
夜風がお風呂上りの髪を乱暴に撫でていく。キャミソールと短パンじゃちょっと寒くなってきたかも。正守が羽織を脱いで渡そうとしてくれたけど、断りを込めて結界の階段を上がった。
「触らせてもくれないのか・・・」
「私があんたに触らせたことなんて過去にあった? 私に触れるのは恋人だけよ」
「おまえ、彼氏なんかいるの」
「男が放っておくような器の小さい女に見える?」
自慢を含んで笑ってやれば、正守は肩を竦めた。まあ、残念ながら今現在特定の彼氏はいないんだけどね。お誘いはいっぱいあるけど仕事が忙しいし、特別好みの相手もいないし。まだ二十一歳。今までの分も含めて、人生これから謳歌するわよ!
「じゃあね正守、おやすみ」
「烏森には来ないのか?」
「言ったでしょ、引退したの。あんた本当にしつこい」
「悪かった。おやすみ、
階段を駆け上がって、最上段をトランポリンの要領で蹴り上げる。空を舞えば月と星が近くなって、墨村の庭で正守が「やるなぁ」と目を細めているのが見えた。面倒だし、もうこのまま部屋に戻ろ。時音のお勤めを見送って、今日は先に眠っちゃおう。そんなことを考えながら屋根をすり抜けた。それにしても正守、相変わらずオヤジっぽかったわー。





こんな幼馴染。お互いの能力とか思想とかは理解できるけど、それに手を貸すかは別のお話。それぞれ力があるから駆け引きばかり。
2011年8月21日