3.ただいま、我が家
タクシーを走らせて実家まで辿り着いたら、もう二十三時になってた。ありゃー遅くなっちゃったわ。これも全部、会食が長引いたせいよねー。社長さんは金払いの良いいい人なんだけど、どうも優柔不断で困っちゃうわ。まぁでも時間外手当が出るからいいんだけど、私としては。
「ただいまー」
久しぶりの実家の引き戸を開ければ、時音の言ってた通りうちじゃありえない数の靴が玄関に並んでる。ミュールやパンプスじゃないあたりが実動部隊の夜行っぽいわね。あぁでもこういっちゃ何だけど、色気がないわ。あやかしに色気使ってどーすんのって感じだろうけど。
「遅かったわね、。お帰りなさい」
「ただいま、お母さん」
「お帰りなさい、姉!」
「ただいまー時音。これお土産」
タクシーの中で場所を取り巻くってた紙袋を手渡す。
「何? ケーキ?」
「ル・ラピュタのチーズケーキ。時音、確かチーズケーキ好きだったでしょ?」
だから閉店ギリギリに飛び込んで買ってきたのよね。カマンベールにゴルゴンゾーラとリコッタ。タルトフロマージュにナッツとチーズのガトー。定番のレアチーズとベイクドチーズ、スリーズにタルトフランボワーズにティラミス。美味しいのよねーここのチーズケーキ。
「とりあえずお店にあったの全部買ってきたんだけど、夜行の人たちの数足りる?」
「男の人はどうか分からないけど、うちに泊まってる女の人たちなら十分よ。起きてらっしゃるみたいだから、さっそくいただきましょ」
お母さんが紙袋を持って中に引き返してく。時音はちょこんと玄関に立ったまま、私がパンプスを脱ぐのを待っている。うーん、可愛い子に育ったわねー。烏森で擦れてないか心配だったんだけど、無用だったみたい。これも隣の坊ちゃんが守ってくれてるからかしら。
「ああ、そうだ時音」
お母さんに渡さなかった紙袋を渡す。
「それ、カファレルのチョコセット。どうせお勤めのときに会うでしょ? 良に渡しておいて。『利にもちゃんとあげるように』って伝言つきで」
言うと、時音は頬をむうっと膨らませた。ちょっと、私似の可愛い顔が台無しじゃないの、止めなさい。
「どうして姉は、いっつも良守にお土産を買ってくるの? いいのに、良守なんか」
「だって可愛い妹がお世話になってるじゃない」
「お世話になんかなってないわよ!」
「でもお勤めのときに頼れるのは良だけでしょー? 保険よ、保険」
ついでに烏森から出られない正統後継者に、いたわりの念を込めてっていうのもあるんだけど。時音はむすっと頬を丸くしたまま、それでも紙袋を受け取った。
「そういえばおばあちゃんは? 式神の気配しかしないけど」
「あ、おばあちゃんは今、黒芒楼のところに行っていて」
「ふーん? まぁいいけどね」
黒芒楼が何だか分からないけど、雪村から出た身だし、今更こっちの世界に戻ってくるつもりもないし、とりあえずスルーしておこう。っていうか面倒事に巻き込まれたくないのよねー。こちとら今はまっとうな派遣社員だっての。裏世界に戻る気はさらさらないわ。
「時音、今日は一緒に寝よっか」
お勤めにはついていかないけど、帰ってくるまで待っててあげる。そういうと、時音はむっつり顔から一転して笑顔になった。うんうん、可愛いわー。さすが私の妹。とりあえずチーズケーキでも食べながら、時音の話でも聞いてあげようかしらね。
今更ですが時間軸は黒芒楼編です。原作13巻くらい。
2011年8月21日