2.麗しき姉妹校流





携帯の着信に気がついたのは、会食が終わって社長さんと別れてタクシーに乗った後だった。ちなみに今日の会食相手はロシアの大手食品会社。懐石料理は美味しかったし、タクシー代も払ってもらってるし、うーん、やっぱり英語だけじゃなくてロシア語とか中国語とか他諸々を覚えたのは正解だわ。供給が少ないから望まれる望まれる。
「あれ?」
ボタンを操作して履歴を見れば、着信は自宅からのもので首を傾げる。留守電にメッセージは入ってないし、これじゃおばあちゃんかお母さんか時音か分からない。かけ直すのもねー。おばあちゃんが出ていろいろ説教されるのも嫌だし、お母さんが出てちゃんと食べてるのって言われるのも嫌だし。でも時音だったら無視するのもアレだし。マンションに戻ってからとりあえずかけ直せば、出たのは若い女の子の声。そっくりだって言われるのよね、昔から。
『はい、雪村です』
「時音? 私だけど」
姉!?』
「そうそう。八時半ごろ電話かけてきたでしょ? あれって誰? お母さん?」
『ううん、あたし。ごめんね、姉、仕事忙しいのに』
「今日はもう帰ってきたし、気にしなくていいよー。それより、時音こそ寝ないとお勤め辛いんじゃないの?」
『学校から帰ってきて寝たから平気』
電波越しの妹は、結界術を受け継ぐ雪村家の正統後継者で、夜中には烏森にあやかしを倒しに行かなければいけないという過酷労働を強いられてる。高校生の女の子が夜に寝れないって大変よねー。確実にお肌が荒れるって。まぁ、私は正統後継者じゃないってことを理由にこれ幸いと逃げちゃったから何も言えないんだけど。
『あのね、今うちに夜行の人たちが来てるの』
「やぎょう?」
烏森を出てくるときに、ついでに放棄してきた知識を思い出す。えーっと、確か裏会の一部だったっけ? 雪村や墨村とはまた違った術者たちの集まりだった気がするけど、あんまり覚えてないや。
『うちに女の人たちが、隣に男の人たちが泊まってるんだけど、正守さんが頭領なんだって』
「正守?」
うーわー久しぶりに嫌な名前聞いたわ。関係で言うなら同じ年の幼馴染で、結界術の家系に生まれて、でもって長子なのに方印が出なかったってところまで一緒だけど、あんまりあいつ好きじゃないのよね。正守が中学卒業と同時に墨村を出て、私が高校卒業して雪村を出るときに一度会ったけど、それっきり。三年であの坊主、髪型は変えたのかしら。
「何あいつ、死んでなかったの」
『ちょっと姉!』
「だってやばいことに足突っ込んでるっぽかったし。まーいいや、正守は。それで時音、どうしたの? 何かあった?」
『何かあったっていうか、その』
電話口で珍しく時音が言葉を濁す。私に似て何事もきっぱりはっきり言う子なのに珍しい。
『・・・姉、今週末って暇?』
「今週末?」
帰ってきたときに放り投げた鞄を引っ張って、手帳を取り出す。えーと、今日が水曜でしょ? 明日は定時で終わりのはずだけど、金曜は会食で、土日は掃除と洗濯やって、新しい靴と服を買いに行こうと思ってたんだけど。
「なぁに、お姉ちゃんに帰ってきてほしいの?」
笑いながら言えば、焦ったような声が返ってくる。ああもう可愛い。自慢の妹なのよねー。
『だって姉、夏休み以来帰ってきてくれてないし・・・。もちろん忙しいのは分かってるけど、その、せっかく正守さんも帰ってきてるし、それに夜行の副頭領の刃鳥さんとか、姉ときっと気が合うと思ったから』
「正守は本当どうでもいいんだけど、可愛い妹の頼みならちゃんと帰るわよ。どうせだし金曜に帰ろうかなー。社長の会食終わってからだから、二十二時過ぎちゃうと思うけど」
洗濯と掃除は明日終わらせて、買い物は残念だけど次の週末に持ち越しで。
『本当!? 待ってるから』
可愛い妹の弾んだ声。応えてあげなきゃ姉が廃るでしょ。正守には会いたくないんだけど、まあ仕方ない。っていうか私、烏森って嫌いなのよねー。





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2011年8月21日