華に猛毒





コトアール代表、リトルギガント。FFI本選に出場し、互いに勝ち残っているからには顔を合わせることは当然だった。イナズマジャパンの試合を観戦に来ていた帰り、廊下で鉢合わせた。アフリカ代表。未知の実力。赤い帽子に髭とサングラス。その老人が誰だか、はもう知ってしまった。過去が憎悪と共に膨張し、弾ける。愛などもはや復讐に取って代わられた。振り被った手を止める気はない。
パァン、と聞くにも痛々しい音が響き渡る。何事かと周囲の人々が振り返り、ぎょっとしていたけれども気にしない。の長い爪は老人の頬に傷跡を残していたが、それくらいで満足できる訳がない。ぐっとパンプスで地を踏み締めて拳を握る。一歩前に出て、鳩尾に拳をめり込ませるのに躊躇いなんてしなかった。振り乱れる髪も、強く噛んだあまり乱れた口紅も、何もかも吹っ飛んだ。気にしてなんかいられなかった。そんなに甘い、過去ではない。影山という人間を作った原因が、目の前のこの老人だった。
「師匠!」
リトルギガントの選手、ゴールキーパーを務めるロココが崩れ落ちた老人に慌てて駆け寄る。廊下に膝をついた赤い帽子を、は荒い呼吸で見下ろした。円堂大介。にすべてを与え、そして裏切った人物。許さない。許さない。許さない!
「・・・・・・言いたいことも聞きたいことも山ほどあるし、二発じゃ全然足りないけど、これだけは言っておくわ」
ざわめくFFIの舞台に、凛とした声が響く。
「勝つのは、オルフェウスよ」
腹を押さえながらも見上げてくる老人の、サングラスの下の目と視線が重なる。それでもは揺らぎはしなかった。乱れた髪を片手で払い除け、行くわよ、と歩き出す姿はこの上なく美しい。
その瞬間のオルフェウスの選手たちの胸を熱くしたのは、紛れもない喜びだった。彼らもまた知っていた。この、ロココが師匠と呼ぶ老人が、かつてにとって人生のすべてを捧げても構わないほどの人物であったことを。彼に裏切られ、自らの手で殺害まで企て、それ程までに想っていた相手と再会したことがどれほどの衝撃だったか想像することしか出来ないが、それでもは彼女自身を失わずにいてくれた。彼女は本当に変わったのだ。馬鹿みたいに嬉しくて、何故か目の奥が涙に滲んで、はい、と返事をして彼らは監督の後を追う。
残された廊下で、遠ざかるヒールの足音を聞きながら、老人は静かに微笑んでいた。





良い指導者に育ったな、
2011年9月16日