You are our queen!





それは素朴な疑問だったらしい。
「監督って、サッカー出来るんですか?」
オルフェウスの選手のひとり、ジジに問われて、解散後の指示を出していたは長い睫毛を瞬いた。他のチームメイトもタオルやドリンクを持ちながら、きょとんとした顔をしている。監督という立場を務めている以上、少なからずサッカーと関わった経歴を持っていることは当然だろう。しかし女子のサッカーへの参加が公的に認められたのはここ数年のことで、おそらくが選手として過去を過ごしていたとしても、当時の公式戦の出場記録はないのかもしれない。だから少し疑問に思って問いかけてみたのだが、答えは不敵な笑みと共に返される。元が魅惑的な分、明るさを混ぜて笑うようになった彼女の表情は、少年たちの心臓には良い意味で負担が大きい。
「知りたい?」
「は、はい」
「そうね、公式戦に出たことはないわ。・・・っていうかあたし、同年代に混ざって試合したこととかないわね、そういえば」
「え、じゃあ誰とサッカーしてたんですか?」
「大人を相手にするのがほとんどだったわ。子供だったし、女だったけど、テクニックでは引けを取らなかったもの。でもそれも高校生になる前に辞めたから、実質選手だった期間なんてほとんど無いに等しいのかもね」
気がつけばボールを蹴ってたし、周囲の大人はみんなサッカーをやる人ばかりだったから、部活とかクラブに入ることなんて考えもしなかったし。そう言って、は過去を振り返りながら首を傾ける。彼女が今年で三十二歳になることを、オルフェウスの皆は知っている。その間に随分と色々なことをしてきているらしいが、上手く辻褄を合わせることが出来ない。つまり、は中学生くらいまでは純粋にサッカーをしていたのだろう。しかし事件が起こり、彼女はサッカーを憎み、復讐の手段として勝利のために汚い手を使うようになった。その時点ではすでに選手を引退していたのだろうから、指導者への道へ踏み入ったのは遅くても十代後半。それから約十五年。指導者として年若いけれども、その戦績は一流と言っても良いだろう。才能だ。間違いなくこの人は、優れた指導者なのだと今更ながらにオルフェウスの皆は感じ入る。
「スパイク・・・は、ないし。まぁ裸足でもいいかしら」
何を思ったか、呟いては突然パンプスを脱ぎだす。露わになった爪先にぎょっとしたのはジョルジョで、何を、と慌てるけれども彼女はどこ吹く風だ。足元は芝生のフィールドだから怪我をすることはないだろうけれども、捲られたスーツのパンツの裾から覗く脹脛が、ストッキングの光沢と白さに混ざって艶めかしいから止めてほしい。
「アンジェロ、パス」
「え、あ、はい!」
反射的にボールを蹴ってしまったアンジェロに対し、パスを受けたは素足にも関わらず滑らかなトラップをしてみせた。そのまま軽く頭上に蹴り上げ、落ちてきたボールをまた操ってリフティングを繰り返す。裸足だとは思わせない安定感のあるボールコントロールだ。時にヘッドで、肩や背中、太腿を使ってトラップを繰り返し、は懐かしい感触に楽しそうに笑う。
「身体は案外覚えているものね」
「っ・・・監督、勝負です!」
「あら、無謀にも挑戦? いいわよ、あたしより長く続けていられたら、その子にはジェラードを御馳走してあげる」
「監督、俺も!」
「俺もお願いします!」
フィディオだけでなく、マルコやジャンルカ、他の選手たちも片づけ終わっていたボールを我先にと取り合ってリフティングを始める。夕焼けが訪れ、フィールドにはいくつも長い影が出来ている。そんな中でリズミカルに操られるボール。流石はイタリア代表に選ばれるだけの選手だけあって、その動きは危なげない。だからこそは一度己のボールを高く蹴り上げると、隣のアンジェロのボールを奪って、遠くのゴールへと向かってシュートした。ああっ、とアンジェロの嘆きが響く。
「切りがないし、ここからはサバイバルね。相手のボールを奪ったり、邪魔したりするのもオーケー。どんな形であろうとボールが地面に着いたら、その時点で負けよ」
「よし! フィディオ勝負だ!」
「監督、ふたりがかりは有りですか!?」
「戦略だと認めてあげる。ふふ、誰が一番最後まで残るかしらね」
そう微笑んで、彼女自身もまたアントンのボールへと向かっていく。ぎょっとしてボールをキープしたままアントンが身を交わすけれども、のボディコントロールの方が上だった。巧みに爪先を合わせて、アントンのボールが乱れた隙に自身のボールを再度トラップし、そしてまたアントンのボールを弾いて地面に落とす。二人目、とが悪戯にウィンクする。
その日、オルフェウスの練習場では、月が夜空を照らすまで、楽しそうな声が上がっていたという。





さんはおそらく、鬼道と似たタイプの選手だったと思われる。基礎と技術がしっかり出来ている上でのゲームメーカー。しかし立てる作戦は鬼道よりも不動寄りだったんじゃなかろうか。
2011年9月16日