少女のまま泣いてた貴女





暴走車に轢かれたは、全身を強く打ち付け、一時は危篤状態とまで言われたらしい。折れた骨を繋ぎ合わせる手術は何時間にも及び、傷ついた臓器はひとつふたつではなかった。どうにか手術は成功したけれども彼女の意識は戻らず、小さなルシェとルカが毎日見舞いに来ては、が率いるイタリア代表チーム「オルフェウス」の勇姿を懸命に聞かせていた。そうして一週間、ようやく彼女の意識は戻った。幸いにも脳に異常はなかったらしく、更に四日が経った今では、すでに角度を上げたベッドに上半身を預けるようにして座ることが出来るようになっている。細く開かれた窓から、ライオコット島の爽やかな風が彼女の金色の髪を揺らす。
「おまえは釈放だ」
鬼瓦の言葉に、ゆっくりとが視線を寄越す。長い睫毛はすでに彼女の意思の下に動かされるようになっていたし、入院生活で僅かにこけた頬は、やはりそれでも美しかった。どこか儚げな印象が加わり、そこに様々な策謀を用いて犯罪に手を染めていた女の面影は見えない。
「証拠不十分でな。円堂大介の事故の件も、その他のいろんな事件も、どれも逮捕に至るような証拠がない。だからおまえは釈放だ」
「・・・随分無能だったのね、あなた。必要ならいくらでも自白してあげるわよ?」
「自白でも逮捕は出来ねぇんだよ。残念なことにな」
「そう」
興味を失くしたように、の視線はまた窓の外へと逸らされる。三十を少しばかり超えて、もはやそこには女の色合いしかないが、鬼瓦は影山という少女を知っていた。それこそ彼女が円堂大介の後ろをちょこちょこと追いかけていた頃から。その手には大きすぎるサッカーボールを大事そうに抱えて、だいすけさん、だいすけさん、とまるで鳥の雛のように、彼女は彼の後を着いて回っていた。大介は大介で、小さなを我が孫のように可愛がっていた。今は亡き彼と、愛し愛されていた幼子の、幸福だったときを知っている。
「・・・、大介は」
「言わないで。・・・聞きたくないの、今は何も」
「・・・そうか」
置いていかれた、捨てられたのだと、その絶望が少女を復讐へと走らせた。鬼瓦としては、どうかしてそんなを救ってやりたかった。刑事としての彼に出来ることは、せめてこれ以上罪を重ねさせないように逮捕するだけだったけれども、もうそれも良いだろう。光明はすでに提示されている。だからこそ彼は、違う話を口にした。
「オルフェウスとイナズマジャパンの試合」
僅かに、の髪が揺れた。長く緩やかなウェーブを描くブロンドは、彼女が正体を隠すために選んだ変装だった。
「いい試合だった。大介と楽しそうにサッカーをしていたおまえを、久し振りに思い出したよ」
「・・・・・・」
「もう裏切るなよ。おまえを慕ってくれているあの子たちを」
かたん、と音を立てて椅子から立ち上がる。は未だ外を向いたままだったけれど、鬼瓦は背を向けて扉へと静かに歩み寄った。取っ手に指をかけて勢いよく横にスライドさせれば、そこには押し合い圧し合うようにして、青いユニフォームの少年たちが団子のように固まっている。扉が急になくなって、バランスを崩して彼らは部屋の中へと雪崩れ込んできた。ぎゃあやら、わあやら、いくつも悲鳴が挙がり、折り重なって倒れた埃がようやく収まる頃には、沈黙が部屋を支配する。
「あの、俺たち、監督が目覚めたって聞いて、それで・・・っ」
しどろもどろに口を動かすフィディオは、「白い流星」と呼ばれるイタリアのスターではない。そこらにいる普通の少年のように、彼は、オルフェウスの選手たちは、くしゃっと顔を歪ませた。それは怒りでも悔しさでもなく、嬉しさに。
「よかった・・・!」
何名かは感極まって泣き出し、その嗚咽を背で聞きながら鬼瓦は病室を出た。最後に振り向いたベッドでは、が僅かに眉を下げている。フィディオが縋るように彼女の掌を握り締めた。監督、と選手たちは泣いている。ほんのりと微笑んだがいつかの少女だった頃と重なって、鬼瓦の心は温かく満たされていった。





さんは32歳。円堂大介に育てられていたけれど、途中で捨てられたため復讐に走ったヤンデレさん。今はルシェとオルフェウスのおかげで改心しつつあるよ!
2010年12月25日