知らない人に話しかけられても応えない。
知らない人に何かをくれると言われても貰わない。
知らない人においでと言われてもついていかない。
知っている人にもついていかない。
とりあえず近づいてくる奴は全部敵と思っとけ。



出てくる前に言われた教訓を思い出しながら、は飛行船のチケットを提示した。
「あらまぁ可愛いお嬢さん! 後でお菓子をサービスしちゃうわね」
フライトアテンダントのお姉さんにそう言われ、一等室に案内される。
『ひとりでできるもん』は中々に難しい旅路になりそうだった。





天使とピストル(試練編)





カルトの予約してくれた一等室は、この飛行船の中で最も上質の部屋だった。
限られた船内で、二十畳ほどの広さ。
靴を半分隠すくらいの毛の長い絨毯に、まるでお姫様が眠るかのような天蓋付きのベッド。
覗いてみたユニットバスには大きな窓がついていて、青空が真横に望めるようになっている。
立派な応接セットの上には、高級そうな菓子や果物が並べられていて。
どう見ても齢10歳にも満たない子供が一人で泊まれるような部屋ではないが、それはテーブルの上に置かれているカードで理由がついた。
『ゾルディック様、どうぞ素敵な空の旅を』
綺麗なカードだからイルに持って帰ろう。
そう考え、はカードをクマの口の中へと吸い込ませた。

天使の鞄を下ろし、靴を脱いでベッドに上がる。
部屋を見回してもイルミはいない。
ぽつんとした空間に、はクマをぎゅっと抱きしめた。
久しぶりの一人は、何だか前よりも淋しくて。
・・・・・・イル
声にならない声で、大切な名を呼んだ。



「・・・・・・・・・ミルキ、今のところ録画してた?」
「もちろんだよ、イル兄」
「俺の分もダビングしておいて」




「やーだーっ!」
大きな声に、はぱちりと目を開いた。
ベッドに横になっているうちにどうやら寝てしまっていたらしい。
振り向けば青かった空はいつの間にかオレンジ色に染まっていて、時の経過を知らせる。
ごしごしと目元を擦り、クマを抱きしめてはベッドを降りた。
靴を履いてドアに近づき、ノブを捻ってそっと細く開く。
一等室の前ということで静かなはずの廊下が、今はやけに騒がしい。
小さなの位置から見えるのはフライトアテンダントの制服を着ている男の背中で、その向こうにも数人の人物がいるようだった。
「何で一等室じゃないの!? 二等室なんて狭くてやだっ!」
「申し訳ありません、ネオンお嬢様。何分この船の予約を取ったのがつい先日だったものですから」
「やーだーっ! ねぇちょっと変えてよ! 一等室と変えて!」
「申し訳ありません、お客様。すでにこちらのお部屋には他のお客様がお入りになられていますので・・・・・・」
「やーだーっ! やだやだやだやだやだやだー!!」
女の子の甲高い声がして、は思わずびくりと肩を震わせた。
ぎゅっとクマを口元まで持ち上げて、隠れるようにして様子を伺う。
フライトアテンダントの向こうに、より年上の女の子の姿が見えた。
その子を宥めるようにしている大柄な男の人と、侍女らしき着物を着た女の人。
そして、その後ろに控えている数人の影。
距離があるのにその中の一人と目が合って、はぱちりと瞬きをした。
金色の髪と、綺麗な顔立ち。
合った目の色は茶色なのに、何故か鮮やかな緋色が連想される。
「とにかくっ! 一等室に変えてくれなきゃパパに言いつけちゃうからね!」
不満げに頬を膨らませて、少女は踵を返して廊下を戻っていく。
侍女は慌てたようにそれについていき、男は疲れたように溜息を一つ吐いてから、何やらフライトアテンダントと話し始めた。
その隣を擦り抜けて、一人の男が近づいてくる。
まだ青年になりかけだろう若い相手は、の前まで来て膝をついた。
目線を同じ高さにして浮かべられた微笑は、とても穏やかなもので。



「はじめまして。私はクラピカというものだ」



彼の綺麗な瞳を見て、はやっぱり緋色を思い描いた。





2005年8月4日