義父が認め、息子たちが認め、唯一の砦だった夫までもが認めてしまった。
イルミは無表情ながらにも嬉々としていて、明日にもを抱えて出て行ってしまいそうなくらいご機嫌である。
だが、それだけは許せない。
イルミを産んだ母として、どこの馬の骨とも知らぬ女に息子を盗られるわけにはいかないのだ。
故に、甲高い声でキキョウは叫んだ。



「あなたがイルと一緒にいるだなんて私は許しませんっ! もしも認めて欲しいのなら一人で流星街に行って何かしら奪っていらっしゃい!」



こうして、『はじめてのお使い』は決行されることとなったのである。





天使とピストル(ゾルディック家編)





流星街。
ラペ共和国と同じくらいの土地面積を持つそこは、1500年以上前に廃棄物処理場となった大地。
公式に無人とされているが実際には800万もの人間が暮らしていると言われ、その中で人々がどう暮らし何を信じ教わってるかは知られていない。
ゴミも武器も死体も赤ん坊もこの世の何を捨てても住人たちは全て受けいれる。
かつて住人の一人が冤罪で捕らえられたとき、その判決に関わった者たちが全員同時に自爆テロにて殺されたことは、知る人ぞ知る脅威として流星街の名を広めていた
住人たちの絆は「他人より細く、家族より強い」。
悪名高き幻影旅団もこの土地の出身であり、そしてまたキキョウもそうだった。
だからこそ彼女は知っている。
「われわれは何ものも拒まない。だから我々から何も奪うな」という彼らから、『何かしら奪ってくる』ことの難しさを。
それがもし出来たならば、イルに婚約者が出来るくらいまでなら一緒にいてもいい。
そう考え、キキョウは妥協したのだった。



期限は十五日。
その間に流星街へ行き、何かを奪い、帰ってくること。
それが出来たならイルミの傍にいられると言われ、はこくりと承諾した。
一緒にいたいから頑張る、と細く小さな指で綴って。



「ハンカチとティッシュは持ったかの?」
ゼノの言葉に、はこくりと頷く。
「ほら、携帯! 貸すだけだから失くすなよっ」
ミルキに渡され、ポケットの中にしまう。
「ここからだと飛行船で一週間で行けるね。はい、チケット」
カルトにチケットホルダーを首にかけられる。
「・・・・・・気をつけて行って来い」
シルバに頭を撫でられ、くすぐったそうに笑う。
は荷物をすべて天使の羽がついたリュックサック(ミルキ作)に詰め込み、背負う。
銀色の髪が背中を覆うと、まるで自身に羽が生えているように見え、ミルキとカルトはぐっと親指を立てあった。
出発前の記念写真さえ撮りかねない様子の中、けれどイルミは珍しく眉間に皴を刻んでいて。
それに気づき、はぱたぱたと彼の元へ近づく。
その様子は白いレースのついたワンピースと相俟ってあたかも絵画から抜け出た天使のよう。
当然ながらミルキはカメラのシャッターを切った。
はイルミの服の裾をきゅっと握る。フラッシュが光る。
どうしたの、と目線だけで問われ、イルミは両手を差し出して小さな身体を抱き上げた。
「別に、どうもしないよ。ただと長く離れるのが嫌なだけ」
素直に気持ちを吐露し、大きな猫目で母親を睨む。
「・・・・・・母さんがさっさと認めてくれれば、楽なんだけど」
視線に薄く殺意が篭り、だんだんとその色を濃くしていく。
あわや第二のキルア誕生か、と周囲が思ったとき、ぺた、という可愛らしい音が起こった。
両頬に添えられた小さな手に、イルミは目を瞬く。
ふるふる、とは首を振って。
ちゃんとみとめてもらいたいから、がんばる
綴られた文字と浮かべられた笑顔に、イルミも口元を緩めて笑う。
「・・・・・・うん、いってらっしゃい」
必ず帰っておいで、と願いを込めてぎゅっと抱きしめた。



ゾルディック家の面々、執事にメイド、守衛やミケに見送られ、はぺこりと頭を下げてから歩き出す。
小さな小さなその姿が見えなくなると同時に、家族は屋内へと駆け込んだ。
「ミルキ」
「もちろんだって、イル兄!」
ミルキがボタンを押すと、壁の巨大スクリーンに映像が映し出された。
白いワンピースと羽つきのリュックサックを背負い歩いているが、右上からのアングルで撮られている。
よし、とミルキはガッツポーズをした。
「俺の最新作ビデオカメラなんだ! 音声は取れないけど、直径3ミリの虫型で防水とショック耐性も完璧! バッテリーも三ヶ月は持つすぐれものさ!」
「これで全部チェックできるね」
「怪しい奴に声をかけられなければ良いがのう」
「そうしたら後で殺すからいいよ」
「うむ、そうするか」
何だかこれは本当に『ひとりでお使い』なんだろうか、と疑問を抱く者がいないうちに。



こうして、キキョウの課題はスタートしたのだった。





2005年3月29日