広がるのは土煙の立つ黄砂ではなく、ただの庭。
向かい合うのは待ちに待った宿命の相手ではなく、ただの男と幼女。
見守るのは人質にとられた美女ではなく、ただのゾルディック家。
何だかいろいろと違うことはあったが、決闘の準備はつつがなく行われた。
当の本人であるは、クマを抱いたまま首を傾げていたけれども。
天使とピストル(ゾルディック家編)
審判はゼノが名乗り出た。
山の中腹、周囲は遠くに木々があるだけで何かを壊す心配はない。
草原の中には立っている。
きょとんとしている瞳は、間違いなく今の状況が判っていない。
ゼノにもシルバにもそれが見て取れたので、彼らはかすかに溜息を吐いて視線を動かした。
けれどそんな彼らに促されるまでもなくイルミはへと歩み寄ってきて、膝をついた。
目線を同じくして、言い聞かすように話しかける。
「は今から親父と戦うんだよ」
なんで?
「が勝ったら、俺とは一緒にいていいんだって」
その言葉に、ぱぁっと花のような笑顔が咲いた。
ミルキがシャッターを押し、カルトが一つ頷く。
キキョウはファーのついた扇子を折りかけ、マハは変わらずポケットに手を突っ込んだまま。
イルミは家族から見ればよく判る、けれど他人からしてみればまったく変わらない表情で笑った。
「は俺と一緒にいたい?」
こくこく、と何度も首が縦に振られて。
今度こそイルミも表情に出して優しく笑う。
「俺もと一緒にいたい。だから親父をやっつけて」
俺は悪役か、とシルバは思ったが何も言わなかった。
でも
「大丈夫、親父は不死身だから」
違う、と誰もが心中で思ったが、やはりツッコミは入らなかった。
仕掛けるのは、最初の一瞬が勝負。
間合いを図る意味で数歩横に動きながら、シルバは見定める。
幻影旅団のアジトでは、感覚が察知するよりも先にの念能力に囚われた。
一切のオーラの断絶、そして身体的動作の束縛。
それを食らったら勝負は決まったようなもの。だからこそ、避けなければならない。
勝負は最初の一瞬で決まる。
を殺すつもりはないが、そのつもりで仕掛けよう。
でなければクマに殺られるような気もするし。
気を充実させ、シルバは足を止めて緩やかに構えた。
は変わらずにクマを抱きしめたまま。
ゼノがまっすぐに手を挙げる。
「―――始め!」
火蓋が切り落とされた瞬間、シルバの姿が消えた。
それは、ゾルディック家のように力のある者でなければ見切れなかっただろう。
シルバが両手をオーラで強化し、合図と共に肉薄した。
急に間近に迫った影にが目を見開き、クマを握る左手にぎゅっと力を込める。
目の前に抉るように翳された両手に、小さな右手が触れて。
――――――次の瞬間、二人は互いに背を向けて立っていた。
そのときのシルバの手に、鋭く固められたオーラはなかった。
クマを左手で抱きしめたまま、ゆっくりとが振り返る。
動揺に身を返したシルバの目に、青い振袖が焼きついた。
そしてその右手に、鋭いオーラ。
今しがた自分が纏っていたオーラが、そこにあるのを、シルバは見た。
「もういいでしょ」
響いたのはゼノではなく、イルミの声だった。
息を呑んだ家族たちから一歩離れ、とシルバに近づく。
自らの念を奪われたシルバは、から目を離すことが出来ない。
もう一度手にオーラを集めようとして、意識を集中させる―――が。
「無理だよ」
イルミの感情を見せない大きな目が、冷静に父親を射抜く。
まだ右手にオーラを纏っているの肩に手を置き、引き寄せてから。
「親父のオーラはに取り去られたから、もう硬は出来ない」
「何・・・・・・?」
「これがの念能力の一つ、『神の慈悲』」
ほら、と示される先には、シルバがに攻撃を仕掛けるために作り出したオーラ。
今はの右手にあるそれ。
「に念を奪われたら、その能力はもう使えない。は手に入れた力を系統に関係なく使うことが出来る」
それはクロロの念能力にも似ている。
ただ違うのは、は念なら何でも盗めるということ。
基本中の基本である凝から、個人それぞれの能力、かけられた呪詛まで。
は何でも取ることが出来る。
「それともう一つが『神の施し』。取った念能力を他人に与えることが出来る」
ぽん、と背中を押されてが一歩近づく。
シルバは気持ち的に引きかけ、けれど身体はそれを堪えた。
歩み寄ってくるの右手にはまだオーラが見えて、左手にはぬいぐるみがあって。
伸びてくる手に攻撃されるのか、と思ったとき、右手のオーラは姿を消した。
腕に触れてくるのは、何も帯びていない小さな手のみ。
イルミが言う。
「これでもう戻ったよ。親父、硬やってみて」
眉を顰めながらも先ほどと同じように意識を集中させれば、今度はちゃんと鋭いオーラが現れた。
感心しながらも唖然としていると、役目を終えたは小走りでイルミの元へと戻り、片手を伸ばす。
意図を違うことなく抱き上げて腕の中に収め、イルミは家族を振り返った。
「それとこの前のが円範囲内にいる人間のオーラと行動を制限する『神の掌』。この三つがの念能力」
もこもことした得体の知れないクマは、今回出番がなかった。
が他者から盗んでいるだろう様々な能力も。
すべてを出さずに、ただ攻撃を交わす最低限の動きと念能力。
それだけではシルバから戦闘力を奪ってみせた。
実際にはしなかったが、直後に『神の掌』を行使されていたらシルバの命さえ奪えただろう。
そう考えれば身震いさえ覚える。この幼い子供に。
シルバが言えることはただ一つだった。
「・・・・・・・・・イルミをよろしく頼む」
むしろイル、おまえはこの子に強くなるよう鍛えてもらえ。
そう言った父親にイルミとは二人して嬉しそうに顔を見合わせて笑った。
ミルキとカルトとゼノはパチパチと拍手し、マハは相変わらず表情が変わらなくて、キキョウは扇子を二つに割った。
とりあえず、こうして一家の主の許可は取れたのである。
2004年10月26日